1970年代中頃の日本におけるマイコン・キット

日本におけるマイコン・キット ー 1976~1978年 ー
 
マニア向け「商品」として好評を博した技術者向け「評価用キット」- 専門技術者層を超えたコンピュータへの憧れの存在
 現在ではパソコンの心臓部として欠くべからざる重要部品であるCPUは、その登場時は「マイクロコンピュータ」と呼ばれていた。その当時は、現在とは異なり性能が低かったこともあり、CPUが一体何の役に立つのか、まだはっきりとはしていなかった。
 そのためCPUは関連技術者に対して、それがどのようなものであるのかを理解してもらうことや、コンピュータとしてのその性能がどの程度のもであるかを評価してもらうことを目的とした「マイコン・キット」として売り出された。本来は技術者向けの評価キットであったのだが、下表のようにコンピュータが普通の個人にもなんとか手が届く値段で手に入るということで、マニアを中心として大変な人気を博した。
 先行したアメリカでは、数多くのマイコンクラブが作られていた。そのマイコンクラブの中での伝説的存在が、1975年3月に第1回目の会合を開催したThe
Homebrew Computer Club
[brewとは醸造酒のことであり、home brewは自分で酒を作ることを意味する。そこから転じて、この文脈ではコンピュータを手作りするクラブという意味である]であった。The
Homebrew Computer Club
には、後のアップル社を作り上げたスティーブン・ジョブズやスティーブン・ウォズニアックなどパソコン業界の数多くの有名人が所属していた。
  「マイコン」はマイクロコンピュータの省略形であると同時に、マイ・コンピュータ(個人用コンピュータ)の省略形でもあった。高くて個人にはとても買えそうになかったコンピュータが、自分のものになるということでマニアの間で大いに人気を博したのである。
 
日本におけるマイコン・キット時代
 
 下表のように、日本でも1976年8月発売のNECのTK-80のヒット(売れても2,000台程度と考えられていたのが、総計6万台も売れた)を契機に、アメリカにさほど遅れることなく、マイコン・キットのブームが起こった。そしてそれがNECのPC8001などのパソコン・ブームへと転化していった。
 関連雑誌としては、日本初のマイコン専門誌『I/O』が1976年に西和彦、星正明らによって創刊されている。創刊後の発行部数は3,000部であった。1977年にはアスキー社によって『ASCII』が創刊されている。

1977年前半に日本で発売されていたマイコン・キット

発売時期 メーカー名 製品名 使用CPU ROM容量 RAM容量 入力装置 表示装置 価格
(円)
画像および関連情報
1976年4月 東芝 TLCS-12A EX-O TLCS-12A 512ワード 128ワード 2進数キー 16個 13個のLED 99,000 ROM容量、RAM容量における1ワード=12ビット
1976年8月 NEC TK-80 μCOM8080A 768バイト 512バイト 16進数キー 16個
ファンクションキー9個
16進表示
8桁LED
88,500 ROM容量、RAM容量はともに1kバイトまで拡張可能
0からFまで16個のキーが4行4列に配置されていた
1975年 インテル(Intel) システム・デザイン・キット
SDK-80
8080A 4kバイト 256バイト     83,000 MCS-80とも呼ばれている
MCS=Micro Computer Set
System Design Kit
1976年 モトローラ(Motorola) MEK6800DII
エバリュエーション・キット
M6800 1kバイト 384バイト 16進数キー 24個 6桁LED
99,700
http://www.st.rim.or.jp/%7Enkomatsu/evakit/MEK6800DI.html
1975年 フェアチャイルド(Fairchild) F-8キット1A F-8 1kバイト 1kバイト    
62,500
 
1976年 ナショナル・セミコンダクター
(National Semiconductor)
SC/MPキット SC/MP 512バイト 256バイト    
40,000
http://userwww.sfsu.edu/~hl/c.SC-MP.html
$499
1975年 モステック(Mostek) F-8サバイバルキット F-8 1kバイト 1kバイト    
58,800
 
1976年 モステクノロジー(Mos Technology) KIM-1 MCS 6502 2kバイト 1kバイト 16進数キー 16個
ファンクションキー7個
6桁LED
119,000
http://www.computer-museum.org/collections/kim_kit.html
http://userwww.sfsu.edu/~hl/c.KIM1.html
$250
1975年 マイクロコンピュータ・アソシエート
(Microcomputer Associates)
JOLTシステム MCS 6502 1kバイト 512バイト    
63,000
http://www.computer-archiv.de/COMP0478.HTM
http://www.fortunecity.com/marina/reach/435/jolt1.jpg
[出典]
 
 
TK-80のヒットに触発されて、1977年以降に日本メーカーが発売したマイコン・キット
発売時期 メーカー名 製品名 使用CPU 価格
(円)
画像および関連情報
1977年3月 富士通 LKit-8 富士通 MB8861N(1MHz)
モトローラ6800互換品 
93,000  
1977年8月 日立 日立トレーニングモジュール
H68TRA
日立 HD46800
(6800互換CPU)
99,000  
1977年9月 パナファコム ラーニングキット
LKit-16
パナファコム MN1610 98,000 http://www.st.rim.or.jp/%7Enkomatsu/evakit/LKit16.html
1978年3月 東芝 TLCS-80A EX-80

東芝 TMP9080AC
(8080互換CPU)

85,000  
1978年12月 シャープ SM-B-80T シャープ LH0080
(2.5MHz,Z80互換CPU)
85,000 RAM 1KB(3KBまで拡張可能)
http://www.retropc.net/ohishi/museum/80t.htm
1978年12月 NEC

μCOM Basic Station
TK-80BS

(TK-80などと組み合わせるための
キーボードやRAM、ROMなどの
周辺機器セット) 
128,000 マイコン・キットとしてマイクロソフト社のBASICを最初に搭載した
1978年5月 シャープ MZ-40K 富士通製の4ビットCPU
「MB8843」1.8MHz
24,800 「マイコン博士」という商品名称で売られていた。技術者向けのトレーニングキットではなく、子供向けの「おもちゃ」としてのキット。CPUは「ワンチップタイプのマイコン」で、「1KBのROMと64ワード×4ビットのRAMを内蔵し、37本のI/Oポート」を備えている。
http://cwaweb.bai.ne.jp/~ohishi/museum/mz40k.htm
MZ-40Kについては下記Webサイトの該当ページも大いに参考になる。
http://www.sharpmz.org/index.html

MB8843に関わる詳細な技術情報が下記WebページのPDFにある。
http://www.sharpmz.org/download/mb8843.pdf

[出典]
 SE編集部編(1989)『僕らのパソコン10年史』翔泳社,p.14
 太田 行生(1983)『パソコン誕生』日本電気文化センター,p.29


[関連参考資料]
山中和正、田丸啓吉(1976)『マイクロコンピュータ入門』日刊工業新聞社,pp.30-31の表3.1「各種のマイクロコンピュータ」

著作権裁判関連 – Apple

Liberman, A.(1984) “The “Apple” Cases: A Comparison of the American and Australian Decisions” UNSW Law Journal, Vol.7 No.1, pp.143-159
http://www.unswlawjournal.unsw.edu.au/sites/default/files/7_liberman_1984.pdf

McKeough,J. (1984) “Case Note: Apple Computer Inc. v. Computer Edge Pty Ltd,” UNSW Law Journal, Vol.7 No.1, pp.161-172
http://www.unswlawjournal.unsw.edu.au/sites/default/files/8_mckeough_1984.pdf

Waters、L. (1988) “CIRCUIT LAYOUTS BILL 1988,” Apri 1989 COMPUTERS AND LAW NEWSLETTER,p.13
* Lesley Waters
http://www.austlii.edu.au/au/journals/ANZCompuLawJl/1989/14.pdf

Steve Jobs関連

Sheen, B.(2010) Steve Jobs, Lucent Books, 95pp
https://archive.org/details/BarbaraSheenSteveJobsPeopleInTheNews
pdf版

Intel 8080 vs Motorola MC6800 — 対応プログラミング言語ソフトウェア、発売開始時期

Howard Falk (1974) “Computers: Microcomputer software makes its debut,” IEEE Spectrum IEEE Spectrum, Octover 1974,pp.78-84, DOI: 10.1109/MSPEC.1974.6366690のp80のSome currently available microcomputer softwareの表では利用可能なCross-Assembler、Self-Assembler、Editorが下記のようになっている。

Microcomputer Systems Cross-Assembler Self-Assembler Editor
Intel
MCS-4
MCS-S
MCS-80
Written in ANSI standard Fortran IV; source deck, $1250; now used on many systems, including IBM, CDC, and Univac, Time-sharing versions now up on several commercial systems.
Offers macro and conditional assembly capabilities
Versions for MCS-8 an -80 are compatible with the cross-assemblers.
MCS-4 version is not compatible.Available only to development system users.
No charge
Editors run on MCS-8 and -80. Manipulate strings, search, and substitute.
Available only to development system users.
No charge
Motorola Semiconductor Products MC6800 Runs on Tymshare system ; macro capabilities are in development
None
None Source statemen text editor runs on GE Tymshare system
 
販売開始時期ほか
Electronics December 26, 1974, Vol. 47 No. 26 (Published December 20, 1974) pp.114-115の記事
本記事の中では、モトローラのMC6800がサンプリング出荷の段階からフル生産の状態に移行しつつあることや、少量出荷時でMC6800の価格が$360、ROMが$35、RAM(MCM6810L,128-word-by-8-bitすなわち128byte)が$30.5であることが報じられている。
Michael Holley, Motorola M6800 Microprocessor Historyで同記事をダウンロードできる。
 
Fagginの証言
“It took a year to put the 8080 into silicon and the first production run was in December 1973. Intel introduced the chip to the market in April 1974 at a price of $360. The response was so great that the first five months of shipments repaid the 8080’s development costs.”
After the 4004: the 8008 and 8080. By Federico Faggin
http://www.electronicsweekly.com/blogs/mannerisms/yarns/after-the-4004-the-8008-and-80-2008-08/

“The 8080 really created the microprocessor market. The 4004 and 8008 suggested it, but the 8080 made it real.The 8080 really created the microprocessor market.” Faggin(1992)p.150

Faggin, F. (1992) “The Birth of the Microprocessor”,Byte, March 1992, pp.145-146,148,150

当時の解説書

IntersilのIC事業関連

Junjiro Shintaku and Kotaro Kuwada (2008) “Reorganizing mature industry through technological innovation: De-maturity in watchmaking industry” in Takuji Hara, Norio Kambayashi, Noboru Matsushima (2008) Industrial Innovation in Japan, pp.101-117

ミニコンピュータのCPUのLSI化

DEC LSI-11

「KDF11」
本WEBページの著者によれば、1970年代後半以降には、下記のような理由からミニコンピュータのCPUのLSI化が実行された。

  1. CPUのLSI化により「コンパクトで低価格、さらに高性能を引き出せるかもしれない」
  2. 「大型コンピュータと違い、比較的小規模なコンピュータなので、当時のLSI技術でもLSI化できる見込み」がある
  3. 「ソフトウェアはそのまま使えるし、バスも従来製品のものを踏襲すれば、入出力やメモリシステムを最初から設計し直す必要はない」

NOVAもmicroNOVAとしてLSI化(Fairchild Semiconductor社が製造)=ワンボードプロセッサー化され、DECのPDP-11はLSI-11としてLSI化=ワンボードプロセッサー化された。

DECのPDP-11というミニコンピュータには「多数のユーザがいて、多くのソフトウェア資産やハードウェア資産があり、新興勢力のマイクロコンピュータ勢とは貯えているものが違」ったが、そうしたのである。

ミニコンのCPUのLSI化に関するnkomatus氏の次のような記述はとても興味深い。

「DECは1975年6月に、Western Digitalからマイクロプログラム方式のLSIセットであるMCP-1600を買い込み、それに実行させるマイクロプログラムを書き上げてPDP-11と互換を持たせる方法で、LSI化したミニコンピュータを開発し発表しました。それがLSI-11です。そして、1977年には半分の基板サイズにCPUだけを実装したLSI-11/2を発表します。・・・中心となるLSIのチップセットはF11と呼ばれ、データチップのDC302、コントロールチップのDC303、メモリ管理ユニット(MMU)のDC304から構成されます。オプションで浮動小数点演算命令をサポートするマイクロプログラムROMも搭載できます。これらはDECの独自開発で、LSI-11とLSI-11/2の後継として1979年3月に発表されました。 」
「私は1985年頃、LSI-11/73を使っていました。当時のPCと比べれば、それなりの高性能でした。ただ、バスの規格が古くなっていて、バスの転送速度によって能力がかなり押さえられてしまっていた印象があります。だからこそLSI-11/73はキャッシュメモリをボード上に搭載し、性能をなんとか維持していたのでしょうが。LSI-11バスはUNIBUSの流れを汲み、IBM-PC/ATのISA busと同程度かそれより遅いくらいでした。バスを再設計して、膨大な周辺ボードまで開発し直したりOSを書き換えるほどの価値はないと判断されたのでしょう。パーソナルコンピュータレベルの能力がだんだん近づいてきていましたから。
また、ミニコンピュータの用途としては汎用計算機として使われる他に、大きな工場の機械群を制御する組み込み用コンピュータという面がありました。こちらは8 bitや16 bitのマイクロプロセッサを複数使って制御した方が開発や運用が楽になるということから、やはりシェアを減らします。マイクロプロセッサを組み合わせるぐらいでは使い物にならない、データベースを操作しながら行うような工場全体の製造管理システムにはスーパーミニコンピュータや大型コンピュータが使われるでしょうから、マイクロプロセッサの高性能化に伴い、未来が閉ざされてしまいました。
なお、さらにコストが厳しく性能が低くてもかまなわい分野の組み込み用コンピュータとして使われていたPDP-8シリーズは、PDP-11シリーズより先にマイクロコンピュータの波にのまれてしまっています。そういえば、PDP-8/EはIntersil社からIM6100シリーズとしてマイクロプロセッサ化されています。IM6100シリーズの際立った特徴に完全CMOS化という点があります。低消費電力で電源電圧範囲も広く(4 – 12 V)、乾電池を(安定化電源回路を通さずに)そのまま電源にして動くコンピュータが作れました。 」
 
Section Two: Forgotten/Innovative Designs before the Great Dark Cloud
Part V: The Western Digital 3-chip CPU (June 1976) .
本WEBページの記述によれば、LSi-11のALUチップは、26個の8ビットレジスターと8ビットのALUユニットから構成されている。
 

同様の記述は下記にもある。

William Stallings, Computer Organization and ArchitectureのChapter 20 “Microprogrammed Control”
LSI-11というワンボードプロセッサは、dataチップ, controlチップ,control storeチップという3個のチップから構成されている。そしてdataチップは、”an 8-bit ALU”と26個の8ビットレジスターを中に持つ。 26個の8ビットレジスターの内、16個で”the eight 16-bit general-purpose registers of the PDP-11″の役割を果たすように実装されていた。他のレジスターは、”a program status word, memory address register (MAR), and memory buffer register”として利用されている。ALUは一度に8ビットしか取り扱えないので16-bitCPUのPDP-11の arithmetic operatioの実行はマイクロプログラムにより制御され2パスでなされた。
なおcontrol store chipチップは22ビット幅のcontrol memoryを持っている。
 

モトローラのCPU歴史関連

Michael HolleyがM6800の起源を研究する中で見つけた、モトローラのM6800およびモステクノロジーのMCS6502に関連する論文資料が紹介されている。
その中では、モトローラのMC6800がサンプリング出荷の段階からフル生産の状態に移行しつつあることや、少量出荷時でMC6800の価格が$360、ROMが$35、RAM(MCM6810L,128-word-by-8-bitすなわち128byte)が$30.5であることを報じたElectronics December 26, 1974, Vol. 47 No. 26 (Published December 20, 1974) pp.114-115などの記事をダウンロードできる。
 
安田寿明「モトローラCPUの歩み」『THE COMPUTER』1988年8月号,p66
 
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/FEATURE/20141212/394137/
『日経WinPC』2010年8月号に掲載された連載「CPU今昔物語」を再掲したもの
 
3011年7月4日から同年10月30日にかけて、蝉の輪会(日立半導体OB をメンバーとする任意団体)のホームページに掲載された記事をベースとして加筆訂正されたもの。
同記事によれば、1974年10月の時点で「インテルはこの年の6月にすでに8080を製品化しており、モトローラは6800の製品発表を間近にしていた。」という状況であり、2014年10月11日のモトローラ訪問時に同社のマイコン部門のマーケティング担当のコメッツ氏により「すでに200社以上の顧客にサンプルが出されて好評を得ているとのことである。現時点ではインテルの8080がシェアを独占しているが、6800は「5ボルト単一電源」の特長があって使いやすく、2年後の76年時点では50%の市場シェアを取れると確信しているとのこと。また、セカンド・ソースを持つことによって顧客に安心感を与え、インテル陣営に対抗したいとのことで、日立がセカンド・ソースになることを歓迎する」との説明を受けたとしている。
同記事によれば、日立では「8ビット・マイコンについてはシステム・アーキテクチャの設計が最重要であり、デバイス・プロセス技術者を主体とする半導体事業部のリソースのみで取り組むことは難しいと判断していた。中研のシステム部門の助けを借りることにして、72年下期から「依頼研究」の形でオリジナル品の検討が進められた。」が、マイクロプロセッサ事業の立ち上げが急務であるとの認識から、8ビット・マイクロプロセッサ製品に関しては「独自開発」の検討は続けつつも、「先進メーカーとの連携によるセカンド・ソース」路線の採用が必要であるとの意見を牧本次生を具申している。
牧本次生によれば、その理由は「社内でも独自の8ビット品についての検討が進んでいたが、インテル社の8080、モトローラ社の6800との比較検討では、性能的に勝ち目はなかった。その理由の一つはインテル、モトローラともにNMOSベースの製品を開発していたが、日立の製品はPMOSがベースになっていた。PMOS LSIの技術によって電卓で圧勝したことが却って裏目に出たといえるかもしれない。」という認識に基づくものであった。
 その中で1974年5月に訪米し、「WE、RCA、IBM、TI(ダラスとヒューストン)、モトローラ、フェアチャイルド、HAL(日立アメリカ)」などを訪問した結果などを踏まえ、「技術ベースの比較、あるいはマネジメントの視点での戦略シナリオ比較など、多くの議論」をした結果として、「8ビット・マイコンについては、オリジナル製品での勝ち目は難しい。インテルまたはモトローラとの提携が必要」ということが決まり、インテルとモトローラの交渉に臨んだが、セカンドソースの利用承諾をインテルからは得られず、モトローラと組むことになった。
 
MC6800関連資料
 

DEC関連のダウンロード可能資料

DEC(1972) PDP 11/40 Processor Handbook
https://pdos.csail.mit.edu/6.828/2005/readings/pdp11-40.pdf

DEC(1975) KB11-C Processor Manual(PDP-11/70)
http://skn.noip.me/pdp11/resources/EK-KB11C-TM-001_1170procMan.pdf

DEC(1976) PDP Peripherals Handbook
ftp://bitsavers.informatik.uni-stuttgart.de/pdf/dec/pdp11/handbooks/PDP11_PeripheralsHbk_1976.pdf

DEC(1975) LSI-11 PDP-11/03 Processor Handbook
http://www.classiccmp.org/cini/pdf/DEC/LSI-11%20PDP-11_03%20Processor%20Handbook%20(1975-76).pdf

本ハンドブック序文でGordon Bellは下記のように、LSI-11は、「伝統的産業の障壁を越えて、マイクロコンピュータのパッケージで、ミニコンの性能をユーザーに提供するものである」と書いている。
The LSI-11 (PDP11/03) is the smallest member of the PDP-11 family of computer systems. It offers the user minicomputer performance in a microcomputer package that crosses traditional industry barriers. Therefore, the user can truly add computer power in systems previously too small for computer application. Yet for our traditional user, the boxed version of the LSI-11, the PDP11/03, offers a completely integrated smaller systems tool at lower cost without sacrificing performance. The LSI-11 (PDP11/03) maintains:traditional PDP-11 architectural compatibility. This includes programs up to 64K bytes and the use of the (optional) floating instruction set (FIS) and extended instructi・on set (EIS).

DEC (1976) PDP 11/04 Systems Manual
http://bitsavers.informatik.uni-stuttgart.de/www.computer.museum.uq.edu.au/pdf/EK-11004-OP-001%20PDP-11-04%20System%20User’s%20Manual.pdf

DEC(1981) LSI-11 Systems Service Manual
http://bitsavers.informatik.uni-stuttgart.de/pdf/dec/pdp11/LSI-11_Systems_Service_Manual_Aug81.pdf
Pamela J. Kendrick (1982) THE EVOLUTION OF DEC’S PDP MINICOMPUTER ARCHITECTURE

Bell, G.(1975) “COMPUTER STRUCTURES: What we learned from the PDP-11?” ABSTRACT Gordon Bell, William Il. Strecker, November 8, 1975,pp.138-151
http://gordonbell.azurewebsites.net/Digital/Bell_Strecker_What_we%20_learned_fm_PDP-11c%207511.pdf
http://gordonbell.azurewebsites.net/CGB%20Files/Computer%20Structures,%20What%20Have%20We%20Learned%20from%20PDP11%207511%20c.pdf

DEC(1975) LSI-11, PDP-11/03 user’s manual
http://manx-docs.org/collections/antonio/dec/ek-lsi11-tm-003.pdf

McWILLIAMS,T. M., FULLER, S. H. and W. H. SHERWOOD “Using LSI processor bit-slices to build a PDP-11 : A case study in microcomputer design” National Computer Conference, 1977, pp.243-253
http://delivery.acm.org/10.1145/1500000/1499444/p243-mcwilliams.pdf
T. M. McWILLIAMS, S. H. FULLER and W. H. SHERWOOD
Carnegie-Mellon University
Pittsburgh, Pennsylvania
Hardware Systems Design, Digital Press

C. Gordon Bell, J. Craig Mudge, John E. Mcnamara(1978) Computer Engineering: A Dec View of Hardware Systems Design, Digital Press
http://bitsavers.trailing-edge.com/pdf/dec/_Books/Bell-ComputerEngineering.pdf

C. Gordon Bell, J. Craig Mudge (1978) “The Evolution of the PDP-11” p.379で、「PDP11は市場で成功している。1970-1977年という最初の8年間で5万台以上が売れた。」[The PDP-11 has been successful in the marketplace:over 50,000 were sold in the first eight years that it was on the market (1970-1977).]と記されている。

竹村昌浩(2007)「VAX開発への路を辿る(その1)~技術の温床、ルート128~」『計算工学』Vol.12 No.3
http://www.jsces.org/Issue/Journal/pdf/cb/coffeebreak_1203.pdf
竹村昌浩(2007)「VAX開発への路を辿る(その2)~正しいことはやれ~」『計算工学』Vol.12 No.4
http://www.jsces.org/Issue/Journal/pdf/cb/coffeebreak_1204.pdf
竹村昌浩(2008)「VAX開発への路を辿る(その3)~正しいことはやれ~」『計算工学』Vol.13 No.1
http://www.jsces.org/Issue/Journal/pdf/cb/coffeebreak_1301.pdf
竹村昌浩(2008)「VAX開発への路を辿る(その4)~正しいことはやれ~」『計算工学』Vol.13 No.2
http://www.jsces.org/Issue/Journal/pdf/cb/coffeebreak_1302.pdf

1970年代後半期におけるマイクロプロセッサー利用状況 — 雑誌Byteの読者を対象とした機械語利用経験のあるコンピュータのCPU種別

Helmers, C. (1977)”Surveying the Field”Byte,May 1977, Vol.2 No.5, pp.6-9に雑誌Byteの読者を対象として1976年10月から11月にかけて実施されたアンケート調査のいくつかの結果が紹介されている。
 
その中の一つに、機械語あるいはアセンブリ言語を利用した経験のあるコンピュータのCPU種別を調べた結果がある。その結果は下記のようになっている。アンケート調査に答えた読者の総数は1,448名である。
 
Any large computer 51%
Any minicomputer 59%
Motorola 6800 23%
MOS Technology 6502 11%
Intel 8080 42%
Zilog Z-80 8%
Intersil IM6100 5%
Digital Equipment LSI-11 13%
RCA 1802 4%
Signetics 2650 2%
National PACE 4%

上記に示されているように、大型計算機で機械語あるいはアセンブリ言語を利用した経験のある読者が51%、ミニコンで機械語あるいはアセンブリ言語を利用した経験のある読者が59%となっているにも関わらず、マイクロプロセッサのCPU種別で見ると、Intel 8080が42%と他を圧倒して多く、LSI-11がZ-80や6502よりは多いものの、13%とIntel 8080の約3割にとどまっている。これは少し意外な結果に思われる。
こうした理由の一つは、LSI-11の総合的な価格対性能比が低いことにあると思われる。例えばLSI-11に関して、Hill,C.(1977) “The Types and Uses of Direct Access Storage”Byte,January 1977, Vol.2 No.1, p.64で下記のように、同価格帯の他のシステムと比較した場合のシステム性能の低さ(システム設計の悪さ)が下記のように指摘されている。すなわち、同価格でIntel 8008では外部記憶装置としてフロッピーディスクが使えるのに、LSI-11ではカセット・テープになってしまう、そのためカセット・テープのデータ転送速度がボトルネックとなる、という致命的な問題を指摘している。
A computer’s potential may be largely wasted without good IO. I contend that a lowly 8008 processor with 16 K bytes and 300 K byte floppy disk will outperform an LSI-11 with 16 K words and 300 K bytes of serial cassette as a general purpose system. The LSI-11 is more than 10 times as fast as a processor, has a much much better instruction set, twice as much memory, and uses its memory better; but nevertheless most of the time it will be waiting on 10 from the cassette. A waiting processor is a wasted processor. There is not even much price difference in the two systems; it is just where the money is spent.
 
また上記の記述「プロセッサーとしては(8008の)10倍速い」が正しいとすると、LSI-11は8080との比較では価格差に見合うだけのスピードがないように思われる。(Intelによれば、8008が0.06MIPSで、8080は0.64MIPSである。したがって8080は8008の約10.7倍のMIPS値である。)
なお McCallum, J. (2003) “CPU Price Performance 1944-2003” http://www.jcmit.com/cpu-performance.htmでは、著者独自の正規化された値であるが、MITSのAltair8800が0.028MIPSであるのに対して、DEC PDP-11/03 (LSI-11搭載、$3,000、動作周波数2.5MHz、1975)は0.01852MIPSとされている。したがってIntelの8080を使用したAltair8800の方が、LSI-11を使用したDEC PDP-11/03の1.5倍も速いということになる。

LSI-11は、C. Gordon Bell, J. Craig Mudge, John E. Mcnamara(1978) Computer Engineering: A Dec View of Hardware Systems Design, Digital Pressのp.335のTable 2. PDP·11 Circuit Technology and Data Pathsに示されているように、レジスターは8bitであったし、data pathも8bit幅であり、16bitのoperandは2CPUサイクルで実行する必要があった。
 LSI-11のプロセッサは、Western DigitalのMCP-1600というマイクロプロセッサを利用したものであるが、MCP-1600はWestern Digital(1977) MCP-1600 Users Manual, p.1-1に書かれているように、ROMに搭載したマイクロコードで既存コンピュータのエミュレーション動作を可能な”8-bit microprogrammable computer”である。内部構成は”8-bit internal organization”であったが、外部アクセスは16bitであったので、8bit CPUで16bitコンピュータのエミュレーション動作を行うことが可能であった。

ちなみに、同じPDP-11シリーズでLSI-11以外の16bit CPUを利用したマシンでは、DEC PDP-11/40($40,000,動作周波数7.143MHz, 1973)が0.06667MIPS、DEC PDP-11/04($10,000,動作周波数3.846MHz, 1975)は0.05185MIPS、DEC PDP-11/70($80,000,1975)は0.67MIPSとなっている。

図の出典はDEC (1976) PDP 11/04 Systems Manual, p.1-3
図はPDP-11/04(1975)用のCPUユニットの写真である。

 
またサポートしているメモリ空間は、8008がメモリアドレス空間が14ビット=214=16KB、8080およびLSI-11がメモリアドレス空間が16ビット=216=64KBである。そのためより高性能なマシンを求める傾向が強いByte読者の多くにとって、LSI-11は8008に比べれば価格はさておき性能的には良いが、8080との比較ではサポートしているメモリ空間が同じであり、価格差に見合うだけの魅力がまったくないように思われる。
 
Byte,January 1976, Vol.1 No.11, p.41の広告では下記のように、DEC LSI-11が $840に対して、8080を用いたIMSAI 8080が$559.95となっている。
またByte,January 1977, Vol.2 No.3, p.66の広告では下記のように、DEC LSI-11/4K Moduleの価格$800は、Z-80 COMPUTER SYSTEM with RAM/PROM Module,Cabinet & Expansion P/C Backplane Controls and Power Supplies, Manualsという数多くの関連モジュールを統合したZ80製品システム価格($395)の2倍にもなる。(なお8080/6800 CPU Board $130, Z80 Processor Board $150, 4K RAM $100となっている。)
これらの広告に示されているように、DEC LSI-11は相対的に高価格のCPUである。

Byte,January 1976, Vol.1 No.11, p.41 Byte,January 1977, Vol.2 No.3, p.66
 
なおByte,January 1978, p.34の下記広告では、LSI-11を用いたシステム価格$3,350の紹介がなされている。
Heathkit H11($1,295)を中核とする本製品システムは、「ホビイストをターゲットとした数少ない完全16ビットのパーソナル・コンピュータ製品システムの一つである」(It’s one of the few FULL 16-bit personal computers available to hobbyists today, and equivalent commercial versions would cost literally thousands of dollars more!)と下記広告では書かれているが、こうしたコンピュータ製品システムは、コモドール、タンディ、アップルなどのPC製品が対象とするユーザー層にとってあまり魅力ある製品ではない。
雑誌Byteが対象とするpersonal computing用コンピュータのユーザーにとっても同じことが言える。

下記のように多くの既存ソフトウェアが動くことは確かに重要であるが、それがミニコンユーザーとっては意義のあることかもしれないが、PC製品ユーザーにとってどの程度まで重要であったのかには疑問が残る。
特に1978年の時点でなお、紙テープでこれらのプログラムが提供されているということは製品の競争優位性の視点で問題である。

ED-11 editor
PAL-11 S relocatable assembler
LlNK-11 S link editor
Absolute Loader
ODT-11X debug
IOX LP I/O executive program
DUMP-AB-PO
DUMP-AB-PB
plus BASIC
FOCAL

Intelの歴史関連資料

1.インテル・ミュージアム(日本語版)
2005年2月4日版
http://web.archive.org/web/20050204194400/http://www.intel.co.jp/jp/intel/museum/index.htm

インテルの歴史に関連する下記資料が収録されている。

「マイクロプロセッサの歴史」
 
「インテルの歩み」
 

インテルマイクロプロセッサ誕生25周年を記念して製作された、インテルの歴史的事項に関わる「著名人へのインタビュー(Interviews)」の日本語版や、「インタラクティブ・ヒストリー(http://www.intel.co.jp/jp/intel/museum/iwh/iwh_main.htm)は2002.10.20現在では残念なことに見ることができない。

このサイトは下記のようなデータから構成されている。

インテルの社史 Corporate Anniversary Brochures
下記のようなインテルの社史をダウンロードすることができる。
15年史 Intel(1988) A Revolution in Progress
20年史 Intel(1993) Intel: Architect of the Microcomputer Revolution
25年史 Intel(1998) Defining Intel: 25 Years / 25 Events
35年史 Intel(2003) Intel: 35 Years of Innovation

Gordon Moore、Robert Noyce、Ted Hoff、Groveらの写真、4004関連の様々な写真、ビジコンの計算機の写真などの歴史的文書をダウンロードすることができる。

1971年の4004から2003年のPentium M までのインテルの主要なマイクロプロセッサーに関する簡単な紹介。一部について大きな画像がある。

インテルのマイクロプロセッサーをファミリー別に分けて、クロック速度、発表日、トランジスタ数、キャッシュメモリ量、対応可能メモリ量、バス速度などの一覧をダウンロードすることができる。
発表日順のマイクロプロセッサー一覧は、http://www.intel.com/pressroom/kits/quickrefyr.htmでダウンロードすることができる。

ムーアの法則に関する様々な文書をダウンロードすることができる。

最初の製品 64-bit Bipolar RAM「3101」(1969年1月1日)からはじめて、 2005年6月27日の Intel Celeron D processor 351まで全部で102ページの一覧表になっている。各製品には簡単なコメントが付されている。

下記のように、インテル社の社員および幹部の証言を見ることができる。
Andy Grove
Ted Hoff
Gordon Moore(1983.10.17
2002.1.31
Robert Noyce(インテル時代Sematech時代

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