科学史入門講座シリーズ

惑星運動に関する地動説的体系と天動説的体系の数学的「同等」性問題

地動説的体系による金星の位置ベクトル
周転円説的天動説体系による金星の位置ベクトル
ティコ的天動説体系による金星の位置ベクトル

　地球から見た惑星の位置運動に関する観測データの数学的説明能力に関する限り、以下に示すように天動説的体系と地動説的体系でほぼ同等である。
　周転円接的天動説でも、地球からの距離の大きさの絶対値を除いては、地動説と数学的には同等の説明能力を持っている。ティコ的天動説は地動説と数学的には等価な体系である。

　ただしこうしたことはあくまでもそれらの理論の基本的骨格部分においてのみ成立する。実際の歴史的な天体理論は、観測データとのより良い一致を追求した結果として、下記に示すような地動説・天動説の基本的骨格部分に対して、多数の「修正」を加えている。
　例えばコペルニクスは、彼の地動説を展開した主著（地動説に関して本として公刊された唯一のもの）である『天球の回転について』において、観測データとのより良い一致を追求した結果として『コメンタリオス』における地動説的体系の時よりもさらに多くの周転円を付け加えた。その結果として周転円の総数は、プトレマイオスの周転円説的天動説よりも多くなってしまっている。周転円の数だけを取り上げて単純化して言えば、コペルニクスの地動説は、プトレマイオスの天動説よりも数学的にはより複雑な理論体系であった。

　地動説的体系

太陽を中心として地球や金星などの惑星が回転しているとする体系



●	●	●
地球	太陽	金星
Ｅ	Ｓ	Ｖ
	↑
	座標軸原点 （回転中心）




太陽が座標軸上の原点にあり、なおかつ図のようにｔ＝０でX軸上に地球、太陽、金星の順に並んでいると仮定する

太陽を中心として等速度で回転運動している地球に関して、その公転半径を Ｒ_E、公転角速度を ω_Eとすると、



ベクトルSE	＝	（ＲE cos(ωEｔ ＋π ) , ＲE sin(ωEｔ ＋π ) ）
	＝	−（ＲE cos ωEｔ , ＲE sin ωEｔ ）


太陽を中心として等速度で回転運動している金星に関して、その公転半径を Ｒ_V、公転角速度を ω_Vとすると、

ベクトルＳＶ ＝ （Ｒ_V cos ω_Vｔ , Ｒ_V sin ω_Vｔ ）

したがって地球Eから見た金星Vの運動、すなわち、位置ベクトルＥＶ は下記のようになる。
ベクトルＥＶ＝ ＥＳ＋ＳＶ＝−ＳＥ＋ＳＶ ＝（Ｒ_E cos ω_Eｔ ＋ Ｒ_V cos ω_Vｔ , Ｒ_E sin ω_Eｔ ＋ Ｒ_V sin ω_Vｔ ）

　周転円説的天動説

地球を中心として太陽や惑星が回転している。ただし地球以外の他の惑星は周転円上を回転しながら、地球の周りを回転している。周転円の中心は、地球を中心として回転しているとする体系


●	●	●
地球	周転円 の中心	金星
Ｅ'	Ｏ'	Ｖ'
↑
座標軸原点

（金星の周転円の回転中心）


地球が座標軸上の原点にあり、なおかつ図のようにｔ＝０でX軸上に地球、周転円の中心O'、金星の順に並んでいると仮定する

周転円の中心O'は、地球E'を中心として等速度で回転運動している。地球E'を中心として等速度で回転運動している周転円の中心O'に関して、その公転半径を Ｒ'_O'、公転角速度を ω'_O'とすると、

ベクトルＥ'Ｏ' ＝ （Ｒ'_O' cos ω'_O'ｔ , Ｒ'_O' sinω'_O'ｔ ）

金星の周転円に関して、その半径を Ｒ'_V、金星の周転円上の回転角速度を ω'_Vとすると、

ベクトルＯ'Ｖ' ＝ （Ｒ'_V cos ω'_Vｔ , Ｒ'_V sin ω'_Vｔ ）

したがって地球E'から見た金星V'の運動、すなわち、位置ベクトルＥ'Ｖ' は下記のようになる。
ベクトルＥ'Ｖ'＝ Ｅ'Ｏ'＋Ｏ'Ｖ'＝（Ｒ'_O' cos ω'_O'ｔ ＋ Ｒ'_V cos ω'_Vｔ , Ｒ'_O' sin ω'_O'ｔ ＋ Ｒ'_V sin ω'_Vｔ ） ここで
Ｒ'_O' ＝ K Ｒ_E（K は　０＜K＜１の定数）
Ｒ'_V' ＝ K Ｒ_V
ω'_O' ＝ ω_E
ω'_V' ＝ ω_V


というように仮定すると、


ベクトルＥ'Ｖ'	＝	K（ＲE cos ωEｔ ＋ ＲV cos ωVｔ , ＲS sin ωSｔ ＋ ＲV sin ωVｔ ）
	＝	K ＥＶ

となる。

このことは、地球から見た金星の方向角、および、地球から金星までの距離の相対的大きさの時間的変化（Ｅ'Ｖ'_t1／Ｅ'Ｖ'_t2＝ＥＶ_t1／ＥＶ_t2）が「地動説」でも「周転円的天動説」でもまったく同じになることを意味する。

●	●	●	●
地球	周転円 の中心	金星	太陽
Ｅ'	Ｏ'	Ｖ'	Ｓ'
↑
座標軸原点

（金星の周転円の回転中心）

水星と金星は、火星・木星・土星などの惑星とは異なり、太陽からさほど離れることがないこと（水星の最大離接角は28度、金星の最大離接角は46度）、および、水星と金星の対恒星周期が太陽と同じく１年であるということなどから、図のように周転円の中心は常に地球と太陽を結ぶ一直線上にあると考えられている。（次のティコ的天動説で考えるとわかりやすいが、地球と太陽を結ぶ直線に対してどの惑星の運動も一定の周期性を持っている。ただし火星・木星・土星などの外惑星と異なり、水星と金星という内惑星の場合には、その運動の周期性が最大離接角の存在と、対恒星周期が太陽と同じく１年となるというような特殊性を持っている。）

　ティコ(Tycho Brahe,1546-1601)の天動説的体系

古代のヘラクレイデス的体系を金星や水星だけに限定せず、火星・木星・土星にも拡張適用した体系

地球を中心として太陽や惑星が回転している。ただし地球以外の他の惑星は太陽を中心として回転しながら、地球の周りを回転しているとする天動説的体系。


●	●	●
地球	太陽	金星
Ｅ"	Ｓ"	Ｖ"
↑
座標軸原点 （回転中心）




地球が座標軸上の原点にあり、なおかつ図のようにｔ＝０でX軸上に地球、太陽、金星の順に並んでいると仮定する

地球を中心として等速度で回転運動している太陽に関して、その公転半径を Ｒ"_S"、公転角速度を ω"_S"とすると、

ベクトルＥ"Ｓ" ＝ （Ｒ"_S" cos ω"_S"ｔ , Ｒ"_S" sinω"_S"ｔ ）

金星は、太陽を中心として等速度で回転運動している。そして金星に関して、その回転半径を Ｒ"_V"、回転角速度を ω"_V"とすると、

ベクトルＳ"Ｖ" ＝ （Ｒ"_V" cos ω"_V"ｔ , Ｒ"_V" sin ω"_V"ｔ ）

したがって地球E"から見た金星V"の運動、すなわち、位置ベクトルＥ"V" は下記のようになる。
ベクトルＥ"Ｖ"＝ Ｅ"Ｓ"＋Ｓ"Ｖ" ＝（Ｒ"_E" cos ω"_E"ｔ ＋ Ｒ"_V" cos ω"_V"ｔ , Ｒ"_E" sin ω"_E"ｔ ＋ Ｒ"_V" sin ω"_V"ｔ ）

ここで
Ｒ"_S" ＝ Ｒ_E
Ｒ"_V" ＝ Ｒ_V
ω"_S" ＝ ω_E
ω"_V" ＝ ω_V


というように仮定すると、


ベクトルＥ"Ｖ"	＝	（ＲE cos ωEｔ ＋ ＲV cos ωVｔ , ＲS sin ωSｔ ＋ ＲV sin ωVｔ ）
	＝	ＥＶ

となる。

このことは、地球から見た金星の運動が、「地動説」でも「ティコ的天動説」でも常にまったく同一になることを意味する。