科学における理論「評価」問題を考えるための歴史的事例(1)
 

「論より証拠」、すなわち、科学的データの一次性とは何かを考えるための歴史的事例


 ここで取り上げている三つの歴史的事例は科学的データの一次性を認めることを迫るような事例であり、科学活動においては「論より証拠」というアプローチを採用すべきであることを示すものばかりである。しかしながら科学の中のいろいろな歴史的場面を考察してみるならば、必ずしもそうしたアプローチだけが科学活動において有効だというわけではないことがわかる。
 <科学理論の正しさを判断する「最終」的基準としての科学的データという次元の問題>と、<科学者が対象に対してどのようなアプローチを取るかという次元の問題>(「ある特定の歴史的時点において正しいと主張されている経験的データすべてを本当に正しい」ものとして受け入れて研究活動を進めるアプローチを取るか、「自分が正しいと信じる科学的理論の有効性を確信し、理論と矛盾する経験的データの一部を不適切(あるいは無関係)なものとして無視」して研究活動を進めるアプローチを取るか、というような問題)とは区別しなければならない。

事例1>野口英世の黄熱病の「病原菌」の発見(1918年)



事例2>緒方正規の「脚気病菌」の発見(1885年4月) --- 動物実験の結果に基づく発見


事例3>脚気の原因に関する高木兼寛の見解(1885年1月) --- 疫学的調査データに基づく「栄養不良原因」説の提唱

関連事項説明

 脚気という病気


 顕微鏡による細菌の発見ラッシュの時代としての19世紀末

事例1の参考文献
  1. 中山茂「黄熱病の菌を見た」『思い違いの科学史』朝日新聞社,1981年,pp.171-182
  2. 中山茂「野口英世」『スキャンダルの科学史』朝日新聞社,1989年,pp.3-13

事例2・3の参考文献
  1. 板倉聖宣『模倣の時代』上下2巻本、仮説社、1988年、上巻 442頁・下巻 620頁
  2. 常石敬一「幻の脚気菌発見」『スキャンダルの科学史』朝日新聞社,1989年,pp.50-60
  3. 松田誠『高木兼寛伝 脚気をなくした男』講談社、1986年
  4. 吉村昭『白い航跡』上下2巻本、講談社、1991年
  5. NHK取材班編「ライバル日本史4 抗争」角川書店(角川文庫 10177)、1996年