現代オートメーションの技術史的位置づけ

----現代オートメーションに関する「技術の発展段階」論的考察----

佐野 正博






1.はじめに・・・産業文明終焉論としての「情報社会」論およびその批判論の技術論的基礎をめぐって

 コンピュータ関連産業の成立と発展は、20世紀後半を特徴づける歴史的出来事と言えよう。コンピュータ用の部品であるDRAMの1996年の世界総出荷額は、1370億ドル(1ドル=110円換算で約15兆円)にものぼる見込みである。また、アメリカのインテル社が世界最初のマイクロプロセッサ4004を発表した1971年11月からまだ25年しか経っていないにも関わらず、パソコンの年間出荷台数は1996年には全世界で6960万台、日本で750万台になる見込みである。パソコンおよびその関連商品の売上は、日本においても急速に増大し、1995年には秋葉原においてその総額が家電製品の売上額を上回るまでになったと言われている。
 また、パソコンによるインターネットの社会的利用や商業的利用への大きな関心と期待の結果としての最近のインターネット・ブームは、現実のインターネットの能力とかなりギャップがあり過熱気味であるとは言え、情報インフラは急速に整備されつつあるし、インターネットを支える技術も急速に進展しつつある。インターネットの「夢」の実現まではまだ時間がかかるにしろ、企業内でのWWWのイントラネットとしての利用などに見られるように、インターネット関連技術は現実に役立つ技術として広く利用されるようになるであろう。現代におけるコンピュータ産業および情報産業のこうした急速な発展という事態は、技術論的に見てどのように評価すべきなのであろうか。
 こうした現代的状況に対する一般的捉え方は、アルビン・トフラーの『第三の波』に代表されるように、現代をコンピュータ革命(情報革命)の時代と見る考え方であろう。そうした考え方によれば、人類社会は今や第三の技術革命の時代を迎えている。すなわち人類は、まず古代に農業革命による「農業社会」の成立を経験し、次に近代に産業革命による「産業社会(工業社会)」の成立を経て、今やコンピュータ革命(情報革命)による「情報社会(コンピュータ社会)」の成立の時代を迎えている。こうした見方に従えば、人類社会はこれまで農業社会にしろ工業社会にしろモノの生産を重視していたことには変わりのない社会であったのが、今やモノではなくて情報を重視したこれまでとはまったく異なる新しい社会へと移行し始めているのであり、「高度情報化を生産・流通・社会組織・会社組織など様々な場面でどのように成し遂げるか」が現代の最も重要な技術的焦点となっている。
 きわめて単純化=極端化して言えば、農業における技術改良によって農業の生産性が上昇した結果として「農業従事人口の減少=農業社会」の衰退がもたらされたように、現代では無人化工場などの現代オートメーションに典型的に示されているような工業における技術改良によって工業の生産性が上昇した結果として「工業従事人口の減少=工業社会の衰退」がもたらされつつあるのである。そして20世紀後半におけるコンピュータ技術の発達と様々な社会的部門にコンピュータ技術が普及した結果として、現代では情報が社会活動における中心的位置を占めるようになったのである。
 こうした「情報社会」論を技術論的にどのように基礎づけるのかに関しては様々な議論が可能であろうが、ここでは一つの典型的な議論として馬場政孝氏による技術論的基礎づけを取り上げることにしよう。馬場氏によれば、社会的生産活動の変化は筋骨系統労働手段の発展に応じて図1のように変化する。すなわち、「技術の発展の視点からみれば、人類社会史は、筋骨系統労働手段の3つの発展段階に対応して区別される生産形態を持っている」のであり、「筋骨系統労働手段の発展は、道具−機械−自働機械の三段階であり、それに対応する生産形態は、農業−工業−知的創造の三段階である」と考えるべきなのである(1)

図1 馬場政孝氏による技術発展と社会変化との対応関係の図式

 <筋骨系統労働手段>       <社会的生産活動>
  
  @ 道  具  農業生産(食料の生産)
     ↓
  A 機  械 工業生産(物的財貨の生産)
     ↓
  B 自働機械知的創造活動(知識の生産)

 そして馬場氏は、知的創造活動が主たる社会的生産活動となる段階において、「機械制大工業のなかで、物的材の生産のために存在した工場労働の絶対量そのものが大きく減少しようとしている」とし、それによってやがては「工場労働の止揚にまでおよびうる」としている(2)
 「産業文明(工業文明)の終焉を迎えつつある現代」というこうした見方に反対する議論の一つの典型例に村上泰亮氏の議論がある。村上氏によれば、終焉を迎えつつあるのは産業文明そのものではなく、単に産業文明の20世紀型システムにすぎない(3)。すなわち、1973年の石油危機を契機として大量生産型の20世紀システムの限界が明確となり、産業文明の中で世紀を単位とするような大きな転換が現在始まりつつあるのである。産業革命期に綿織物工業における技術変革から始まった19世紀システムの第1期、自動車産業の大量生産システムに代表される20世紀システムの第2期に次いで、マイクロ・エロクトロニクス革命(ME革命)の発展が産業文明の第3期としての21世紀システムそれの技術パラダイムの中核概念は「情報」であるとされている(4)を準備しつつあるというのである。
 また坂本和一氏も、村上氏の議論に賛同して「現代が大きな時代の転換期であることを認めつつも、これを必ずしも18世紀末からの工業革命(産業革命)によって成立した産業文明の時代の終焉とは理解せず、むしろ産業文明の19世紀システム、20世紀システムにつぐ第三の段階、つまり21世紀システムの到来の時代と位置づけ」るべきだと批判している(5)
 ただし坂本氏は、村上氏では「生産システム」のありようについて明確な理論構築がなされていないとして、産業文明のもとでの生産システムの革新の歴史を、図2のように5つの段階に理論的に分けて理解すべきであると主張している(6)。そして図2の第3段階が村上氏の想定する19世紀型生産システムに、第4段階が村上氏の想定する20世紀型生産システムに、そして第5段階が村上氏の想定する21世紀型生産システムに、それぞれ対応した理論的内容である、とされている。

図2 坂本和一氏による、産業文明期の生産システムの発展段階図式
第1段階協業の形成
第2段階分業原理の導入による作業組織の変革
第3段階機械の体系的導入と蒸気動力機関による機械の結合による作業手段の最初の変革
第4段階連続式機械・装置と流れ作業型工程編成の導入およびライン・アンド・スタッフ型理組織の導入による工程編成=分業組織と管理組織の変革
第5段階自動制御機械の導入による作業手段の第二の変革およびコンピュータ情報通信システムの導入による生産管理手段の最初の変革

 坂本氏は21世紀型生産システムを、「産業用ロボットに代表されるような自動制御型機械の導入」による作業手段の第二の原理的変革、および、「コンピュータ情報処理システムとデータ通信の導入」による生産管理システムの管理手段の最初の原理的変革ということによって特徴づけている。コンピュータ関連技術に見られるように技術変革のスピードがきわめて早い現代、そしてまたそうした技術変革の結果として労働の形態や産業活動のあり方も急速な変化を遂げつつある現代においては、硬直的な20世紀型生産システムに代えて、柔軟性に富む21世紀型生産システムを社会的に採用することが技術的必然性を持つ、と考えられているのである。そしてまた、20世紀型生産システムが一拠点集中型の工場結合体(コンビナート)を登場させたのに対して、21世紀型生産システムはグローバルな地域的広がりを持ったネットワーク型工場結合体を展開しつつある、としている。坂本氏においては、「機械制生産システムとしての19世紀型生産システム」から「流れ作業型生産システムとしての20世紀型生産システム」へ、そして「フレキシブル生産システムとしての21世紀型生産システム」へというような段階的発展が想定されているのである。
 このように生産のあり方をめぐる馬場政孝氏と村上泰亮・坂本和一氏の議論は、「産業文明(工業文明)の終焉」か、「産業文明(工業文明)のさらなる発展」かという点においては対立しているものの、現代技術の歴史的位置づけに関する技術論的内容においては基本的に同じものとなっている。両氏とも20世紀後半の現代オートメーションが、道具から機械への発展という近代産業革命と同じレベルの技術的「革命」であると考えている。「オートメーションは少なくとも、18−19世紀に動力で動かせる機械が登場したことによって生じた革命に劣らない大革命になるだろう」(7)と述べたバナールと三氏は現代の技術的変革に関する状況認識においてはさほど変わらないように見える。
 違いは、三氏が言われている技術的「革命」がもたらす社会的結果を、「産業文明(工業文明)の終焉」すなわち「情報文明(情報社会)の成立」と見るのか、それとも「新たな産業文明(工業文明)の始まり」と見るかにあるに過ぎない。現代社会のコンピュータ化に対応した生産技術上の変革、すなわち、現代オートメーションが、技術の歴史的発展段階を画するような「革命」であるとする点においては対立はない。
 道具と機械が異なった技術発展段階に属すると技術論的にされているのと同じような意味において、現代オートメーションが機械とは原理的に異なった技術発展段階に属する、としている点において三者の見解は基本的に一致している。そして現代技術に関するこうした理論的認識は、馬場氏や坂本氏にとどまらず、次節で見るようにかなり多くの論者に見出すことのできる一般的見解である。
 しかし、こうした状況認識は本当に正しいのであろうか?現代オートメーションと機械の間にある差異は、機械と道具の間にある差異と技術論的に同一レベルの原理的差異なのであろうか?道具から機械への技術的飛躍に対応するような質的飛躍=不連続性が、それ以前の技術と現代オートメーションとの間に本当にあるのだろうか?
 現代オートメーションの技術史的位置づけをめぐるこうした問題をめぐって激しい論争が戦われている。大沼正則・山崎正勝・名和隆央・伊藤秀男らの各氏は、ここで述べたような一般的見解に反対して、「現代オートメーションと機械の間にある差異は、道具と機械の間にある差異と技術論的に同一レベルの原理的差異と考えることはできない」と主張している。そうした主張が正しいとすれば、馬場政孝・村上泰亮・坂本和一氏らの現代認識は少なくとも技術論的には誤っていることになる。いったいどちらの見方が正しいのであろうか。
 本稿では以下において、こうした問題に対して「技術の歴史的発達構造をどのようなものとして理解すべきなのか」という観点からアプローチすることにしたい。まず最初に、馬場氏・村上氏・坂本氏らの立論の基礎とされている現代オートメーションは、どのような意味において技術論的に新しい段階であると一般にされているのかを次節において詳しく検討していくことにしよう。


2.現代オートメーション技術の発展段階規定に関する技術論的分析

 現代オートメーションの技術論的規定の明確化のために、20世紀半ばのいわゆる「デトロイト・オートメーション」がどのような技術発展段階に属するのかという問題をまず最初に取り上げることにしよう。すなわち、「デトロイト・オートメーション」における中核的な技術であるトランスファー・マシンは、「機械の段階に属する技術とすべきなのか、それとも現代オートメーションの段階に属する技術とするべきなのか」という問題を取り上げることにしよう。

(1) 「機械段階の技術」としてのデトロイト・オートメーション(トランスファー・マシン)
 技術の歴史的発展においてオートメーションが18世紀の産業革命に匹敵する重要性を持つのであり、その技術的根源は自動制御にある、という主張の起源は、ブライトによれば、1954年7月にラインホルド社から出版された『自動制御(Automatic Control)』という名前の雑誌の巻頭言において、ディーボルドが「”第二の産業革命”といわせしめる今日の技術に対する基本的な新概念がある。それは”自動制御”であり、生産工程、機械、あるいは製品への自己調整の原理の応用を含んでいる。こうして最初の産業革命は、人の労働を機械に置き替えたが、一方、今日の産業革命は、人による制御を機械による制御に置き替えることを意味する。」と宣言したことにある。(8)
 日本においてこうした考えを受け、早い時期からオートメーションによる技術的変革の重要性を強調するとともに、その技術論的基礎づけを行なってきた論者の一人に中村静治氏がいる。氏によれば、物質的生産が「電子計測装置と電子計算機の利用」によるオートメーション化によって、人間の制御によって動作する機械に基づく生産システムよりも、はるかに「迅速」かつ「精密に」生産をおこなうことが可能になったのである。そしてまた、オートメーション化とは「機械の操作が人間の頭脳から解放され、その機械の一部に組みこまれた機構によってなされるようになった」ことを技術論的には意味するのであり、「ここにはじめて道具から機械への進化に比肩される生産技術の変化がはじまっているということになるだろう」(9)と主張している。
 こうした中村静治氏の見解を受けながら、北村洋基氏は、「制御労働手段はいうまでもなく、動力労働手段においても制御が必要なのであるから、制御技術の発展が労働手段全体の発展の機軸となる」という動力−制御論的発想から、「技術史・労働手段の発展史の少なくとももっとも基本的な段階区分は、制御技術における画期的な発展にもとづく区分におかれねばならない」としている。氏はそうした観点から技術の歴史的発展を図3のような形で三段階に分けている。

図3 北村洋基氏における技術発展の三段階図式

技術発展の第一段階 ----「制御が基本的に人間の肉体器官とくに手によって行なわれる段階」すなわち「道具の段階」
技術発展の第二段階 ----「制御の一定部分が人間の手を離れて労働手段によって担われる段階」すなわち「機械の段階」
技術発展の第三段階 ----「制御が原理的には人間の手を必要としない段階」、すなわち「自動制御の段階」

 さて上述のように規定する場合に、いわゆる「デトロイト・オートメーション」、すなわちトランスファー・マシンによる自動生産は、技術発展の第三段階に属することになるのであろうか。技術発展の第三段階が自動制御による自動生産であるというような上述の規定を単純に受け取るならば、そのように考えてもよいのではないだろうか。
 そもそも「オートメーション」という用語は、フォード社のD.ハーダーが自社のトランスファー・マシンによる生産システムに対して与えた新造語だったのであり、ディーボルドが「第二の産業革命」ということでその当時に想定していた自動制御による連続的な自動生産としてのオートメーションの典型的イメージはトランスファー・マシンによるオートメーションだったと考えられるのであるから、そのように考えるのが自然なのではないだろうか。
 しかしながらトランスファー・マシンとは、自動加工機(自動盤)と自動搬送装置を結合した機械体系である。自動加工機とは、穴あけ,中ぐり,フライス削り,面切削などをそれぞれ専門的に担当する単能工作機械であり、トランスファー・マシンの成立以前から存在する機械である。また自動搬送装置は、加工対象物の着脱,位置決め制御などを自動的に行ないながら、加工対象物に対して必要な加工作業があらかじめ決められた順番にうまくなされるように配置された多数の各種自動加工機に一定の時間間隔でもって順に加工対象物を搬送する機械である。トランスファー・マシンのこうした技術的構成内容から考えるならば、トランスファー・マシンは技術論的にはまさに機械段階に属する技術にほかならない。
 こうしたことは多くの論者が認めているところでもある。例えば山田坂仁氏は、「技術が人間の労働を止揚する段階と形態」によって技術の発展段階を区分すべきだとする立場から、技術発展の段階を(1)手労働−道具、(2)機械化、(3)自動化というように、中村氏や北村氏のものと類似した発展段階区分を提唱するとともに、「機械化」段階と「自動化」段階の区別を自動制御の有無に置いているけれども、(10)、トランスファー・マシンは「機械化の最後の形態」にあるものとして「機械化」の段階に位置づけられている。また奥山修平氏も、オートメーションへの技術的発展は「道具から機械へと発展するなかで、人間の作業が機械の機構として組み入れられたことになぞらえることのできる質的発展」(11)であるとしながらも、「トランスファー・マシンとは、自働機械の連鎖体系である。この体系がフィードバック機能を備えるようになると、オートメーションへの道を進むことになる。しかし、そこへの進展にはまだ踏まなければならない過程がある。」(12)というようにトランスファー・マシンはオートメーション以前の段階の技術であるとしている。
 この問題に関連して中村氏は『生産様式の理論』(1985年)において、1960年に出版した『技術の経済学』の中では「自働機械体系=オートメーション」とするようなまぎらわしい記述を行なっていたが、「これは、一言でいえば学習不足のため、当時の内外先学の用語法を踏襲したことによるもので、反省せざるをえない」とした上で、「その後、学習を重ね、オートメーションは自働機械体系とは質的に異なる労働手段体系である」と規定するようになった、としている(13)。すなわち中村氏においては、トランスファー・マシンによる「デトロイト・オートメーション」は氏の言うオートメーション技術には属さないとされているのである。そしてまた北村氏も、トランスファー・マシンは「機械という範疇における体系化の極限的な段階にある労働手段とみなすべきであろう」と述べている(14)

(2) 「機械段階を超えた技術」としての現代オートメーション・・・「第四の要素」としての自動制御機構
 さてそれでは、「デトロイト・オートメーション」におけるトランスファー・マシンは最高度に発達した機械として「機械の段階(技術発展の第二段階)」に属すると一般に認められており中村氏や北村氏も同じ見解であるにも関わらず、なぜ現代オートメーションの方は「機械の段階」を超えた「第三段階」の技術と位置づけるべきとされているのだろうか?その理論的根拠は何なのであろうか?
 前項で論じたように、無人化工場ということでイメージされるような、人間の手から離れた自動制御による自動生産ということだけでは第三段階の技術とするには不十分であるとすれば、すなわち、自動生産という観点だけからでは自動機械と現代オートメーションを区別するのに不十分であるとすれば、機械の段階を超えるには何が必要なのであろうか。
 こうした問題に対する中村氏や北村氏らの回答は、技術発展の第二段階にある機械を構成する技術的要素が「動力機」「伝導機構」「作業機」という三つであるのに対して、技術発展の第三段階ではそうした三つの構成要素に加えてさらに第四の要素として「制御機構」が新たに加わる、というものである。独立=自立した技術的構成要素の数が「三つなのか、四つなのか」ということで技術発展の第二段階(機械)と技術発展の第三段階(現代オートメーション)が区分される、というものである。(15)
 例えば、中村氏は「労働手段としてのオートメーション、例えばロボットやFMS工作機械の場合、以前に労働者が機械にたいしておこなっていたのと同じ作業を自己の機構でおこなうのである。即ち、原動機、作業機、伝導機構という3要素に第4の要素として記憶、選択、計算、情報処理等の機能をもつ電子制御機構が加わり、自らの運動と原料の不正常を検知し、自己修正するのである。」(16)と主張している。また氏は、フィードバック制御という「人間労働特有の制御機能」を分離しプログラム化したものがソフトウェアであり、そして「ソフトウェアを半導体のチップに植えこみ、機械に組み込」むという形でフィードバック制御機能を客観的機構の中に移行させたものが「コンピュータ制御の機械」=「オートメーション体系」(17)であるとしている。このように中村氏は、もともとは人間労働に特有のものであったフィードバック制御がコンピュータ制御機構という新たな技術的機構によって電子的になされるようになったことが技術の発展段階の画期をなすものであるとしている。
 また北村氏も、「情報科学とコンピュータの発展を軸とする情報処理機構との結合」によって作り出された自動制御装置が機械の構成部分の「第四の環」(=「第四の要素」)として新しく登場したことによって原動機・伝導機構・作業機という機械の体系が再編成されるとともに、「人間が与えたプログラムに従って自ら誤りを訂正しつつ生産を継続する」オートメーションが可能になったというように、「第四の要素」の成立の意義を自動生産との関係で強調している(18)。なお氏はその後、制御の「自動化」だけでなく、諸機械の「体系化」や「柔軟化」との関連におけるコンピュータ制御の意義を強調する(19)とともに、「コンピュータは機械それ自体とは別個の情報処理労働手段であるからこそ、それが機械体系と結びついて直接的生産の新しい段階を実現する」(20)というようにコンピュータを生産機械とは異なる独立の構成要素と考えるべきであることを強調している。
 こうした中村氏や北村氏と同じように「第4の要素」としてのコンピュータ制御機構の重要性を主張している論者の一人に青水司氏がいる。氏はコンピュータ化によって、「機械の機構」の中に組み込まれていた「制御機能」と、機械の段階でまだ「人間」労働の中に取り残されていた「制御機能」とを、機械と人間の中からそれぞれ切り離すことが可能になった、と考えている。そして、切り離されたそうした二つの制御機能を吸収・統合したことで自立化した第四の要素として独立の制御機構が登場することとなり、「この制御機構を軸として、動力機、作業機、伝動機構が再編成されるところにオートメーションが形成される」、と主張している(21)
 ただし氏は中村氏とは異なり、フィードバック制御が人間労働に固有な特徴であるとは考えていない。それゆえ、オートメーションの特徴がフィードバック制御を制御機構に組み込んだことにあるとは考えていない。氏によれば、「オートメーションにおける制御の基本は、工学的にはフィードバック制御とされているが、労働との関係においては、すなわち経済学的にはシーケンス制御である。言い換えれば、フィードバック制御はシーケンス制御を十全にするための制御である。」というように、シーケンス制御の自動制御すなわちプログラム制御が重要であるとしている。というのも、プログラム制御において「作業内容とその手順は作業機の機構から分離」されることになり、機械体系の専用化の極限としてのトランスファー・マシンを超えた新しい段階の生産システムである「柔軟性を持った生産システム」が実現するからである(22)。青水氏においては、<制御機構の作業機からの機構的独立>ということが<汎用化による生産の柔軟性の回復>と結びつけて理解されているのである。
 このようにコンピュータ制御の特徴に関して、中村氏のようにフィードバック制御の側面を強調するのか、青水氏のようにプログラム制御の側面を強調するのかという「対立」は、技術発展の第3段階に相当する現代オートメーションへの移行をどのような技術的特徴において把握するのかという問題と関連している。次項においてこのことを検討することにしよう。

(3) 「現代オートメーションへの移行時期」論争・・・生産の自動化 vs 生産の柔軟化
 機械の段階を超える技術的質を、制御機構の独立に求めることには賛同しながらも、そうした「独立」が達成される技術的段階は、いわゆるオートメーション技術ではなく、ME技術の成立以後であることを強調する論者の見解を見てみることにしよう。
 例えば山下幸男氏は「道具」→「機械」→「メカトロニクス」という技術発展の図式を取るべきだとし(23)、いわゆるME革命以前の技術は機械の段階に属するものであり、メカトロニクス技術(ME技術)こそが機械の段階を超えた技術であると主張している。山下氏によれば、一番最初に成立した機械である汎用機がその汎用性=柔軟性の喪失と引き換える形で少品種大量生産や加工精度の向上などを成し遂げ機械としての発展を遂げてきた、すなわち、機械は「汎用機」→「単能機」→「ハード・オートメーション(トランスファー・マシン)」という形で発展してきたのである。それゆえ氏によれば、柔軟性を基本的特徴の一つとする現代オートメーションはこうした形での機械の自動化技術の発展上にはない。その意味で、現代オートメーションはトランスファー・マシン技術がさらに発展した形態の技術とは言えない。すなわち、現代オートメーション技術=ME技術は機械の段階に属する技術とは言えない、とされている。
 また山下氏によれば、汎用機における汎用性=柔軟性の喪失とは、汎用機という機械の操作に関する熟練労働が「機械的機構による制御」によって置き換えられることを意味している。それゆえ「汎用機」→「単能機」→「ハード・オートメーション」というような技術発展の図式では、道具が機械的機構=固定的機構によって完全に自動制御されることによって「機械を操作する熟練労働」がまったく消滅することになり、「単品大量生産に対応する完成した」機械技術となると考えられている。山下氏によれば、こうした技術発展の系列では生産の自動化において新たな形態の熟練労働が登場することはない。
 これに対して「汎用機」→「メカトロニクス」という方向での技術発展では、汎用機における柔軟性=汎用性を保持したままでの技術発展を実現させるために、フレキシブルな制御を可能にするコンピュータ制御機構という第四の要素が付け加わえられることになる。メカトロニクス技術段階では、「機械を操作する熟練労働」が消滅するがそれに代わって、コンピュータ制御のためのプログラム作成労働などにおいて「メカトロニクスを操作する熟練労働」という質的に新しい労働が登場することになる。
 このように山下氏の考えでは、道具から機械への技術発展が「道具を操作する熟練労働」の消滅と「機械を操作する熟練労働」の登場によって特徴づけられるのに対して、機械からメカトロニクスへの技術発展は「機械を操作する熟練労働」の消滅と「メカトロニクスの操作労働という新しい熟練労働」の登場によって特徴づけられる。そうした意味においてメカトロニクス技術は新しい技術発展段階を構成する、と山下氏は考えているのである。
 また小野隆生氏は、制御の自動化の歴史として機械の発達史を捉えるとともに、現段階の技術は機械段階を超えているとする立場に立ちながらも、中村氏や北村氏らは技術の歴史的発達を自動化や合理化といった視点からのみ見、「フィードバック機構を有しているか否かをもって区分のメルクマールにしようとしている」とし、そのような視点に立つならば「機械式の自動フィードバック制御機械」も「ME機器」も論理的には同一の技術段階に属するものになってしまう、と批判している。
 小野氏はME技術の労働手段としての新しさの根源の一つは、制御がそれ以前までの固定的なシーケンシャル制御から、柔軟な変更が可能なプログラム制御に変更されたことにあるとするとともに、プログラム制御が可能になるということは「人間の目的意識が物理学的機構から相対的に独立し、独自の機構[=自動制御装置]に体化される」ことを意味するとし、相対的にであれ独立した独自の機構としての自動制御装置の成立ということを強調している(24)
 そしてまた小野氏は、新しい技術発展段階としての現段階技術の特質を「コンピュータ制御機械とコンピュータ制御機械とが通信技術やソフトウェアを媒介にして複雑に絡み合い、いわゆるネットワークを形成しているところにある」とする立場から、「CNC工作機械をもって完成形態と位置づけ、ここで機械との間に画期を設け」るべきであるとしている。そして氏は、機械の段階を超えたのはいわゆるME革命以後の技術であるということ、および、ディーボルドらによって使用され始めた時にはトランスファー・マシンによる自動生産を意味していたということの二つから考えて、「オートメーション」という用語は「現段階を説明するものとしては適切ではない」と主張している(25)
 また石沢篤郎氏は、中村氏・北村氏・青水氏と同様に、オートメーションは、「フィードバック制御を中心とする自動制御機構」=「神経機構」を自らの内に備えることによって「三要素からなる本来の機械体系にたいするはじめての本質的発展」をなし「生産力に一段階を画した」のであり、「神経機構」は機械技術を構成する新たな「第四の要素」と考えてよいとしている。ただし石沢氏は中村氏らとは異なり、オートメーション段階での「神経機構」は第四の要素といっても他の三要素の「補完的役割」を果たしているに過ぎず、基本的構成要素とはいえない、としている。それゆえ石沢氏によれば、オートメーションの段階は「基本的には自動機械体系の範疇によってとらえらる」べきなのであり、トランスファー・マシンだけではなく自動フィードバック制御を含むメカニカル・オートメーションやプロセス・オートメーションにしてもME技術以前のものは機械の段階にいまだ留まるものなのである。
 石沢氏にとって「機械体系を超えた」新たな生産システムというのは、いわゆるME革命において「はじめてその姿をあらわす」(26)のである。オートメーションという技術的段階では「あくまで機械体系や装置体系」が基本的なものとされ、制御機構は「その円滑な運用と精度向上のための補完的役割にとどまっていた」のに対して、「NC、ロボットなどのメカトロニクス」という技術的段階では「制御機構としてのコンピュータは、システムを成立させる不可欠の要素----第四の要素として確立している(27)とされている。このように氏によれば、「第四の要素」としての制御機構の独立はME技術の段階でなされるのである。
 石沢氏がこのように主張するのは、コンピュータというハードがプログラム(ソフトウェア)によって動かされるものであることの方により強調点を置くべきだと小野氏と同様に考えているためである。この点において、コンピュータ制御機構という新しい制御機構の独立の意味を、フィードバック制御を含む自動制御による柔軟な自動生産システムの成立すなわち「生産の自動化」との関連で理解しようとする中村氏・北村氏・青水氏と対立している。
 氏によれば、いわゆるME革命の進展によって、オートメーションにおける自動制御とは「質的に異なる新たな発展段階」がもたらされたのである。そこでの技術的内容の新しさは、「プログラム制御とフィードバック制御の統一」により「プログラムによって自在な運動を実現すること」にある。そしてそうした統一のためにはコンピュータが必要不可欠なのであるが、機械体系がコンピュータと結合されたことによって、機械体系の制御が「人間の判断による制御」から「コンピュータによる[制御]、より正確にいえばソフトウェア体系による制御」へと移されたのであり、そのことによってはじめて「機械体系は自らを超えるものになった」のである(28)
 さらにまた藤田実氏も、制御が人間の手によってではなく何らかの独立した機構によって自動的になされるということが「機械を超えた質をもつ」ことの技術論的意味であるとする中村氏や北村氏らの考え方に対して、現代オートメーションの技術史的意義を生産自動化という「それ自体は機械の段階に妥当するような概念」で捉えるものであり不適当である、と批判している(29)。このように藤田氏も小野氏や石沢氏と同じように、現代オートメーションの技術史的独自性は、コンピュータによるプログラム制御によって自動制御がなされているということにその理論的根拠を求めるべきである、としているのである。

(4) 人間労働における制御対象の歴史的変化を区分基準とする技術発展段階論としての「第四要素自立」論・・・「現代オートメーションへの移行時期」論争の労働論的意味
 ワットの蒸気機関の出力の安定化のためにシリンダーへの蒸気供給量をフィードバック制御した円錐振子式遠心調速器という自動制御機構がそうであったように、あるいはまた、ジャカード織機において経糸を選択して引き上げる動作に対してパンチカード(穴をあけたカード)を用いて「プログラム制御」を行なった自動的制御機構がそうであったように、コンピュータ制御機構も単に機械の付属物に過ぎないのであれば、プログラム制御が技術の発展段階の画期をなすということを強調する小野氏、石沢氏や藤田氏の議論も成立しないことになる。コンピュータ制御機構が機械の単なる付属物=補完物に過ぎないのであれば、コンピュータ制御による技術的変革も、結局は機械の段階における進歩に留まることになり、機械の段階を超えた新しい技術発展を成すものとは言えなくなってしまう。
 それゆえ、機械の段階を超える時期区分をどこに置くのかという点に違いはあっても、結局のところ、山下氏・小野氏・石沢氏・藤田氏も中村氏・北村氏・青水氏らと同様に「制御」という技術的構成要素の独立=自立を議論の基本的前提としている点に変わりはない。すなわち、現段階の技術が機械の段階を超えた新しい技術段階に属するとする論者たちはその理論的根拠を制御機構の自立化に求めている点において一致している。
 制御ということの内容に関する理解が論者によって異なり、その結果として道具段階から機械段階への技術発展に匹敵するような新しい技術発展の画期をどこに置くのかということに関して対立があるにせよ、どの論者においても、機械段階の技術とそれを超える技術段階とを分かつ理論的基礎は「独立=自立した制御機構の有無」に置かれている。機械段階の技術が動力機・伝達機構・作業機という三つのモノからなるのに対して、機械段階を超える新しい発展段階の技術はそれら三つに付け加えて制御機構という第四の要素が独立したモノとして付け加わる、というのが共通する基本的図式である。(30)
 そしてそうした独立した第四要素としての制御機構を想定することによって、人間が労働過程において働きかける対象の変化が起こると考えられ、それによって技術発展の第三段階への移行が生ずることになると考えられているのである。
 そもそも、現代オートメーションにおける制御機構という「第四要素」の独立=自立に注目する論者たちにおいては、技術の発展段階の区分が「労働過程において人間が働きかける対象の変化」として捉えられている。すなわち、人間労働における制御対象の歴史的変化に基づいて、技術の発展段階が三段階に区別されているのである。以下でそのことを少し検討していくことにしよう。
 まず第一の技術段階、すなわち、道具という技術段階においては、人間が直接に働きかける対象は道具である。「道具の段階」以前には、人間は労働対象に直接に働きかけていたのだが、道具という技術の成立とともに道具を用いて間接的に労働対象に作用を及ぼすことになった。こうした事態は、「第四要素自立」論的立場から言えば、「人間が道具の運動を制御する」というように表現することもできよう(31)
 そして、「第四要素自立」論者たちが次の機械技術段階における人間労働の規定において依拠している典型的イメージの一つは、旋盤を人間が手で操作して部品を加工する労働を行なうというものである。すなわち、「機械を操作する人間」ということを機械技術の段階における人間労働の典型的イメージの一つとして、機械技術の段階では人間が働きかける対象は機械であるとされている。例えば中村氏は「機械にあっては道具が人間の手を離れたことによって労働者が働きかけるのは労働対象ではなく作業機に対してである」(32)とか、「道具が人間の手を離れ一つの機構の道具となった。そこで人間は、この道具を組み込んだ機構を運転、操作することになった。これが機械であり、機械(にたいする)労働の特質である。」(33)というように述べている。「第四要素自立」論的表現で言えば、こうした事態は「人間が機械の運動を制御する」ということを意味していることになる。
 ただし中村氏や北村氏においては前述の労働イメージの意味が、道具の段階から機械の段階へと技術が飛躍的発展を遂げることによって人間による道具の直接的操作=制御という労働が消滅すること、および、人間による作業機の直接的操作=制御を通して道具を間接的に操作=制御するという新たな労働が登場することにある、とされている。そしてそうしたことは機械段階の技術すべてに当てはまる普遍的特徴であるとされている。そのため自働機械の段階でもなお「まだ人間は機械をつねに監視し、こまかく制御して管理する必要がある」(34)とされることになる。
 このように中村氏らにおいては、機械の段階では人間による機械の制御労働=操作労働がどこまで行っても残存すると考えられている。それゆえ中村氏らにおいては山下氏・小野氏・石沢氏・藤田氏と異なり、「機械の段階を超えた技術」としての現代オートメーションが機械のさらなる自動化の発展上に想定されることになる。すなわち中村氏らにおいては「機械技術の段階にのみ存在する<機械の操作労働>の消滅」=「機械の自動化」が機械の段階を超えていることの証明になるとされることになるのである。
 例えば中村氏が、労働手段としてのオートメーションは自動制御機構を持っているから「既存機械の場合のような、機械労働は不用となる。そこで私は道具から機械への飛躍に比肩するとしたのである。」(35)とか、「人間のみにそなわるフィードバックの機能を備えた自動制御機構の開発、これにつづく人間があらかじめつくったプログラムにしたがって作動するコンピュータの制御のオートメーション体系、その最先端にあるCIMは、もはや人間による補正を要しないのだから機械を超える質的飛躍といわねばならない」(36)というように述べているのはそのためなのである。
 これに対して、山下氏らのような立場、すなわち、機械化とは道具操作の主体を人間から機械的機構=固定的機構へと交代させることであるとする立場からイメージされるべき機械技術段階の労働は、ミュール紡績機などの自動紡績機における人間労働である。自動紡績機においては、手つむぎ車といった道具段階の技術において人間の手が行なってきた糸の撚り掛けなどの操作的労働は機械的機構によってなされることになる。道具を直接的に操作するのが人間から機械に代わるということは、道具に対する人間の操作的労働が消滅することを本来的には意味しているのである。
 それゆえこうした立場からは、道具を操作する機械的機構それ自体を機械的機構によって操作=制御することも機械化として位置づけられることになり、人間による道具の操作を間接的な操作も含めて完全になくすことが機械化の進展の最終的目標とされることになる。すなわち機械を機械的機構によって自動制御することでトランスファー・マシンのように自動生産を行なうことが機械化の最終的目標とされることになる。こうして機械化の進展は最終的には道具の操作に対する人間の関与を、間接的関与も含めて完全に排除することになる。
 こうして山下氏的な立場からは、機械化の進展によって「道具に対する人間の間接的な操作的労働の消滅」とともに、機械技術の段階ですでに人間労働は機械によるモノの直接的生産過程から理論的には消滅していることになる。例えば山下氏は「この労働は自働機械体系の成立によって原理としてはなくなる。広く存在するオートメーションによって労働が消失するという観念はこの種の機械における事実にもとづいて成立したものである。」(37)とか、「[自働機械の成立へと至る]機械発達の系列Iにおいては労働は機械の手伝い(付属の位置)になり、最終的には消失する。」(38)とか述べている。
 そうしたことのために山下氏らにおいては、機械の段階と現代オートメーションの段階を区別するメルクマールが「機械操作労働の消滅」にではなく、「自動生産における柔軟性の実現」に置かれることになるのである。(もちろん先にも部分的に触れたが、中村氏や北村氏において生産の柔軟性の側面がまったく無視されているわけではない。強調点の置き所に違いがあるということに過ぎない。)
 ただしそうした相違にも関わらず、技術発展の第三段階である現代オートメーションにおいて、人間の働きかけの対象が制御機構であること、すなわち、「第四要素自立」論的表現で言えば「人間が制御機構の運動を制御する」(!?)ということに関してはどちらも一致している。現代オートメションにおいては、人間の働きかける対象が、機械からコンピュータ制御機構へと変化することになるのである。
 中村氏的立場では現代オートメーションの段階になって人間の精神的諸機能がコンピュータに代替されることになり、それによってはじめて機械を操作する労働が完全に消滅することになる。中村氏ではその意味で現代オートメーションにおいて人間の働きかける対象が作業機ではなく、自動制御機構になるのである。例えば中村氏が、「フィードバック機構をもったオートメーションでは、労働者が働きかけるのは作業機そのものではなく、それから分化し独立した計器などの制御機器の監視である」(39)と書いているのはそうした視点から理解することができよう。
 これに対して山下氏的立場では、技術発展の第三段階である現代オートメーション(あるいはME)技術における一般的な制御機構がコンピュータ制御機構であることから、その段階における中心的な具体的人間労働がコンピュータを操作する労働や、コンピュータを制御するプログラムやデータを作成する労働である、ということが強調されることになる。言い換えれば、人間がコンピュータ制御機構を「制御」することが現代オートメーションにおける人間労働なのである。山下氏によればCNC工作機を動かすためのプログラムを作成する労働などにおいて熟練労働が成立するのであるが、氏において熟練労働とは「制御に参加する労働」であると定義されている。(40)
 なお、コンピュータ制御機構の登場とともにプログラムによる複雑な制御が可能となったことによって、現代オートメーションにおける生産の柔軟性が実現されるようになったのであるが、そうした生産の柔軟性とはプログラムの可変性=柔軟性を根拠としたものである。その意味でプログラム制御が「生産の柔軟性」実現の技術的基礎となっている。それゆえ、トランスファー・マシンによる「ハード・オートメーション」に対して、ME技術による現代オートメーションは「ソフト・オートメーション」というように呼ぶこともできよう。(41)
 このように技術発展の第二段階である機械技術に関する理解の差異を反映して、コンピュータ制御の意味をどう理解するのかに関しても、コンピュータ制御機構による人間労働の代替の結果としての「生産の自動化」にどちらかと言えば強調点を置く中村氏・北村氏的立場と、コンピュータ制御機構に対するプログラム制御による「生産の柔軟化」(および、それを支える新しい人間労働としてのプログラム作成労働の出現)にどちらかと言えば強調点を置く山下氏・小野氏・石沢氏・藤田氏的立場との「対立」が生まれることになるのである。

 さて次節では、動力機、伝達機構、作業機から構成される機械の段階に、第四の構成要素として制御機構が付け加わることによって現代オートメーションが新しい技術段階へと飛躍したとするような技術論的分析に対する反対論を検討することにしよう。


3.「現代オートメーション=技術発展の第三段階」論に対する反対論の技術論的基礎

 前節では、現代オートメーションを新しい技術発展段階とする議論の理論的基礎が技術論的には「第四要素自立」論にあることを明らかにした。しかしながら、現代オートメーションが技術発展の第三段階を成すものであるという議論に対する批判は、そうした「第四要素自立」論に対する批判だけに限定されているわけではない。「第四要素」としての制御機構が独立=自立しているにせよそうではないにせよ、そうしたこととは関わりなく現代オートメーションは機械技術の段階に属するものである、とする批判も可能であるし、実際に存在する。
 それゆえ以下では、現代オートメーションを新しい技術発展段階とする主張に対するこれまでの反対論は、(1)技術の規定を経済学的なものとする立場に立ち機械から現代オートメーションへの発展は道具から機械への発展に匹敵するものではないとする批判、(2)制御機構の機能的同一性を根拠として自動機械と現代オートメーションの間の質的差異を否定するという批判、(3)第四の構成要素としての制御機構の独立性の否定に基づく批判、というように反対論の批判内容を三つに分類して順に検討していくことにしよう。

(1) 技術の発展段階に関する経済学的規定に基づく反対論
 現代オートメーションが技術発展の第三段階を成すものであるという議論に対する批判としてまず第一に、「<機械から現代オートメーションへの発展>は経済学的には<道具から機械への発展>に匹敵するものではない」という批判を検討することにしよう。
 こうした批判の代表的論者の一人に伊藤秀男氏がいる。伊藤氏は経済学的視点の重要性を強調する立場から、「構造上、制御機構が加わるからと言って、それを根拠としてオートメーションが機械と異なると主張することは、経済学の立場からの区分とは言えない」、すなわち、「制御機構がいくら付け加わろうと、経済学の立場から考察した場合に意義を持たないならば、オートメーションは機械と質的に異なるとは言えまい」ということを強調している。(42)
 伊藤氏によれば、技術発展の問題を技術学的にのみ論じるのは不適当である。すなわち、技術発展の問題が社会における発展の問題である限り、技術が飛躍的発展を遂げたかどうかは技術学的視点からではなく、社会的視点からしか判断できない。技術の発展段階区分は技術が社会にどのような影響を与えたのかで判断されるべきなのである。
 極端化して言えば、技術の基本的な発展段階区分は社会の発展段階区分と対応すべきなのである。例えば名和隆央氏は「経済学の立場から技術を考える場合には技術学的規定をふまえなければならない。だが、それだけでは「歴史的要素が欠けている」ので不十分である。機械と人間労働との関連を考察することによって、機械の経済学的に正しい規定を行ないうるのである。」(43)というように伊藤氏と同じく技術に関する経済学的規定の重要性を強調するとともに、「オートメーションが機械にかわる労働手段といえるならば、現代資本主義の生産様式は機械制大工業にかわるほかの生産様式に移行していることになる」として、実際にはそうではないのだから現代オートメーションは道具から機械への発展に匹敵するような技術発展の新しい段階をなすものではないと主張している。(44)
 また大沼正則氏もそうした視点から問題を考察すべきであるとし、「機構(制御方式)の変化は、労働手段の技術学的構造の変化であって、これを直ちに、道具から機械への転換に「比肩(匹敵)」できるような、いいかえると資本主義的生産様式の変革とつながるような技術の質的変化とみなすことはできない」(45)というように主張している。
 こうした立場からすれば、本稿の第一節におけるような問題設定そのものが不適切である。技術学的な意味での技術の発展段階を理論的基礎として社会システムの段階的発展のあり方を論じるということはまったく転倒した議論に他ならない。機械から現代オートメーションへの発展が、道具から機械への発展に匹敵するものであるかどうかは、その技術学的内容においてではなく、社会的および経済的内容において判断すべきなのである。すなわち、「第四の要素としての制御機構」というような技術学的問題によって、機械から現代オートメーションへの発展が道具から機械への発展に匹敵するものであるかどうかを判定することはできない。機械から現代オートメーションへの発展による社会的影響が、道具から機械への発展による社会的影響に匹敵するものであるかどうかで判定を下すべきなのである。
 技術に対する経済学的規定を重視するこうした見方は、伊藤氏や大沼氏だけではなくかなりの多くの論者の中に見ることができる。例えばマタレは「吾々の道具と機械は自然科学的の経験と法則とに基づいて構成されたものであるから、自然科学的区分点を求めることは、初めから尤もなことである。しかしながらすでに何らかの物理学教科書を走り読みしただけでも、物理学はこの点について役に立たないに違いないということが分かる。何故ならば物理学は総じて「機械」なる概念に対立する「道具」の概念を持っていないからである。」とするとともに、「道具と機械の対立」は「国民経済学によって初めて感じられた」としている。(46)そして岡邦雄氏はこうしたマタレの主張に賛成して「これは極めて適切な指摘である。即ち「道具」と「機械」との区別は、全く経済学の要求するものであり、経済学的にしかなし得ないものなのである。」(47)と主張している。
 また高木彰氏も経済学的視点の重要性を強調し、「道具と機械もともに労働手段として・・・経済学的に意味をもつ」とし、「両者の相違を技術的にのみ区別することによって」は得られないとしている。そして「それは還元すれば、経済的、社会的変革を惹起するに至るものとして、機械は経済的範疇として規定されうるということである」(48)と主張している。
 ただし高木氏自身はトランスファー・マシンによる古いオートメーションといわゆるME革命以後の現代オートメーションの間にコンピュータ制御を含むか否かで「決定的な相違」があり(49)、それによって「現代資本主義が資本主義の新たな発展段階として規定される」(50)ような事態が生じているとして、伊藤氏や名和氏や大沼氏とは異なり、現代オートメーションが技術発展の第三段階を成すものであると考えている。
 さて現代オートメーションの社会的意味がどの程度のものであるかに関する伊藤氏・名和氏・大沼氏と高木氏の対立のどちらが正しいのかは別の機会に論じることにして、本稿では技術に対するそうしたアプローチ方法それ自体の問題を論じることにしたい。
 「技術の発展段階」論において、技術を経済学的視点から考察することは確かに重要である。しかし一方で、経済学的視点からの「技術の発展段階」論と連関を持ちながらも、それとは相対的に独立に、技術学的視点や技術論的視点からの「技術の発展段階」論も語りうるのではないだろうか。実際、大沼氏はそうしたことを認めながらも、技術学的規定よりも経済学的規定の方を優先すべきだと考えているのである。
 しかし技術学的規定(あるいは技術論的規定)と経済学的規定というダブル・スタンダードを認めながらも、経済学的規定によって技術の基本的な発展段階区分の問題に対する解決を図ろうとすることは、現代オートメーションの技術史的位置づけの問題を結局のところは経済学的問題としてのみ論じることにつながるであろう。もっともそうすることによって経済と技術との相互関連という問題に対して実り豊かな検討材料が提供されることも確かであろう。しかしそうであるにしても、現代オートメーションの歴史的位置に関する純粋に経済学的なアプローチと、現代オートメーションの歴史的位置に関する技術史学的アプローチや技術論的アプローチは相対的に独立なものと考えるべきなのである。
 少なくとも、岡邦雄氏らのように道具や機械というカテゴリーまでもが経済学的にしか規定できないとするのは行き過ぎであろう。それでは、技術史学や技術論の学問的成立根拠が否定されてしまうことになり、技術史学は経済史学に、技術論は経済学に完全に還元され解消されてしまうことになってしまうであろう。(51)
 確かにそうした立場も論理的には可能である。しかしそうすることは結局のところ技術というものの二重性自然性と社会性を十全には捉えられなくなってしまうのではないだろうか。技術の二重性に対応して、技術の歴史的発展を論じるためには、社会学的アプローチや経済学的アプローチとともに、技術史学的アプローチや技術論的アプローチをも用いて分析を行なう必要がある。
 少なくとも技術の発展段階と社会の発展段階とは単純な対応関係にはない。例えば古代末期の縦型動力水車製粉機は動力水車という「動力機」と歯車装置という「伝導機構」と回転石臼装置という「作業機」の三つの技術的要素から構成されており、技術論的には歴史的に最初期の「機械」と位置づけることができるであろうが、そうした機械は生産様式の変革に直接的には結び付かなかった。産業革命をもたらしたのは紡績作業や機織り作業の機械化だったのである。その限りにおいて、道具段階と機械段階という技術の時期区分と、社会の発展段階の時期区分とは一致していないのである。
 こうした主張に対しては、技術の発展段階区分においては技術が実際に社会において広く使われるかどうかが問題なのであって、新しい技術の単なる発明とか、社会における部分的使用ではダメだという批判がある。例えば中村静治氏は、「労働手段の発達と普及にとって規定的なものは社会的要因であること、機械もそれが一般化し、経済生活の中心部に浸透しなければ生産様式は一変されず、したがって経済学のうえでは「機械であって機械でない」という位置づけをうけることになるのである。しばしばいわれているように、いかにすぐれた発明でも、社会的需要に際会しなければ陽の目をみることはできないのである。」(52)と述べながら、道具と機械の区別を技術論的に与えようという原光雄の試みを批判している。
 しかしながら、技術の社会的普及こそが技術の社会的発展段階を区分する決定的要因であるというこうした主張は、まさに技術学的規定(あるいは技術論的規定)と経済学的規定というダブル・スタンダードの存在を論理的に前提しなければ成り立たない議論である。すなわち、経済学的には「機械」ではないが、技術学的(あるいは技術論的)には「機械」であることを前提とした上で、技術学的規定に対する経済学的規定の社会的優位性を強調する議論に過ぎないのである。

(2) 自動機械と現代オートメーションにおける制御機構の機能的同一性を根拠とした反対論
 次に、物質的生産過程を技術論的視点から抽象化して把握することによって、道具や機械などの労働手段を用いて労働対象の形態を目的意識的に変化させるためにどのように制御を行なうのかというような極めて抽象的=理論的な視点から、自動機械と現代オートメーションの間の質的な差異を考察した場合に問題となる反対論を検討していくことにしよう。
 具体的には第二の反対論として、「道具を制御する機構が客観的機構であるという点において機械と現代オートメーションはまったく同一なのであるから、現代オートメーションも機械段階の技術と位置づけるべきである」とする議論を取り上げよう。
 ここではそうした第二の反対論の代表的な議論として、まず最初に名和隆央氏の主張を検討していくことにしよう。(53)名和氏は、現代オートメーションが機械に比べて著しく進歩していることは認めながらも、「機械とは、労働者にかわって道具の運動を制御する機構である。この規定を受け入れるかぎり、人間固有のフィードバック機能が自然科学(サイバネティックス、電子工学等)の応用によって自動制御機構におきかえられるとしても、それは機械の独自な発展段階として把えるべきであろう。」(54)と主張している。
 名和氏は「道具の運動の制御機構」を機械と定義しており、道具の運動を制御するものが人間から客観的機構=物質的機構に置き換えられたことが道具段階の技術から機械段階の技術への飛躍的発展の技術論的内容を構成するものとしている。そうした視点からすれば、道具の運動を制御する物質的機構が人間によって「制御」されていようが、コンピュータなどの制御機構によって制御されていようが、そのことはさほど重大な問題ではない。そして自働機械の段階ですでに制御機構は自動化されているのだから、自働機械と区別して現代オートメーションだけを「機械を超えた段階」の技術とするのはおかしいというのである。
 名和氏は、ワットの蒸気機関が遠心調速器というフィードバック制御機構を備えても機械を超えた労働手段とは言われないのと同じように、「作業機に自動制御機構が組み込まれ、完全に自動制御できる機械になった」としても、これを機械を超えた労働手段と言うことはできない、と考えているのである。(55)
 またNC工作機のような数値制御に関しても、「作業機構の制御が、機構そのものによるのか、それとも数値制御によるものかは運動制御の方式の相違にすぎない」とし、「それによって機械技術の発展段階が区別されうるというのは首肯できるけれども、なぜ「機械をこえた労働手段」が成立すると考えねばならないのであろうか。制御方式が異なるとしても、運動の制御機構としての機械概念は適用できるのではないか。」(56)としている。
 次に、FA機器の具体的分析に基づきながら、生産の自動化のための制御方式としてシーケンシャル制御の重要性を強調するとともに、フィードバック制御機構は「作業機の高速化・高精度化の補助手段に過ぎない」(57)とする伊藤秀男氏の議論を検討することにしよう。氏は、19世紀繊維工業における自動力織機という自動機械と、20世紀後半の金属加工業におけるNCなどの自動機械とは、どちらもシーケンス制御による機械の自動化として把握できるものとするとともに、FAにおけるフィードバック制御が作業機の高速化・高精度化のためのものに過ぎないからフィードバック制御も「機械の場合とは異なる労働の質的変化をもたらすものではない」(58)する。そして人間労働に質的変化がないということを根拠として、中村静治氏や北村洋基氏がフィードバック制御機構の存在からオートメーションを機械と質的に異なるものとしている点を批判し、「フィードバック制御機構は機械の自動化・その結果としての生産力の上昇を支える要因ではあっても、機械と質的に異なる生産手段をもたらすものではない」としている。(59)
 こうした名和氏や伊藤氏の議論は、人間労働のあり方の歴史的変化に関する前述の山下氏らの議論とも基本的に一致している。どちらも機械技術の段階で「道具の運動を制御する客観的機構」=「制御機構」がすでに登場しているのであり、その制御機構の自動化によって自働機械が出現したと考えている。そしてその結果として、自働機械およびオートメーションにおける人間の労働は、機械の操作を中心とする労働から機械の監視・調節等を中心とする労働へと変化することになると考えている。
 山下氏がハード・オートメーションにおいて「機械を操作する熟練労働」の消滅を見たのと同じように、名和氏もオートメーションにおいて「機械労働は操作労働としての性格を失う」と考えている(60)。また伊藤氏は「機械は、道具の機構的組み込みであり、その結果、本性として人間労働力の媒介の排除をもっており、作業労働から監視・調整労働への変化は機械のもとで生じるのである」(61)としている。山下氏と名和氏・伊藤氏との違いは、現代オートメーションの中核的技術であるNC旋盤などメカトロニクス技術において、それらを「操作する労働」が「生産の柔軟化」との関連で重要な問題となるというように山下氏が考えているのに対して、名和氏や伊藤氏が現代オートメーション以前の自動機械の場合と同じように現代オートメーションの中にも機械の「監視・調節労働」しか見ないという点にある。すなわち、現代オートメーションにおいて、熟練の成立が問題となるような新しい操作的労働が存在すると考えるかどうかという点に違いがあるのである。
 しかしながら山下氏と名和氏・伊藤氏の違いをなす熟練労働の問題も、それは生産のどのような場面に注目するかの違いに過ぎないのであり、名和氏・伊藤氏的な立場からもプログラム作成労働など新しい形態の労働を論じることは可能である。
 山下氏はコンピュータ制御による汎用工作機と、「ハード・オートメーション」における専用工作機との違いを重視しているが、一定のプログラムが組み込まれて実際に生産の場面で使用されている汎用機は、その汎用性が限定され一種の専用機として機能していると考えることができる。図式的には、いわば「汎用機+プログラム」=「専用機」といえる。それゆえ新しいプログラムを作る労働は、いわば新しい専用機を作る労働に対応すると言えるのである。
 山下氏の言う「ハード・オートメーション」の時代においても、トランスファー・マシンそれ自体を製造する過程においては製造機械の操作労働が絶対に必要不可欠であり、そうした機械製造の場面で熟練労働が成立する可能性が存在していた。それと同じように現代オートメーションにおいても、多様化・流動化した市場ニーズに素早く対応して絶えず新製品を生産するために、汎用機を動かすための新しいプログラムを絶えず「生産」する労働の場面において熟練労働が成立しているのである。現代オートメーションにおける生産の柔軟性それ自体は、汎用機の客観的構造の柔軟性=汎用性だけによって現実的なものとなっているのではない。そうした柔軟な客観的機構を動かすプログラムの可変性=柔軟性によって現実的なものとなっているのである。
 さてこのように制御機構の存在やその機能に関して名和氏・伊藤氏的な議論と山下氏的な議論との間の技術論的内容における差異は実際的にはさほど大きくはない。制御方式の歴史的変化に関する認識はほぼ一致していながら、一方は「制御方式の違いは技術の発展段階の差異を構成するものではない」と主張しているのに対して、他方は「制御方式の違いが技術の発展段階の差異を構成する」と主張している。制御方式の歴史的変化が技術の発展段階区分とどのような関係にあるかにおいて対立しているに過ぎない。
 結局のところ、制御機構(制御方式)と技術の発展段階区分との関係に関するさらなる技術論的考察がない限り、そうした対立の解決を図ろうとすれば経済学的視点から解決を図るしかないことになるであろうし、前項で論じたように名和氏や伊藤氏は実際にそうしているのである。
 しかしこのように人間の労働のあり方のみから、道具や機械や現代オートメーションといった労働手段の歴史的発展を評価するのはおかしい。労働手段の歴史的発展は、やはり労働手段の構造分析に基づいて行なう必要がある。山崎氏も主張しているように(62)、現代オートメーションの技術史的位置づけの分析のためには、「労働力」ではなく「労働手段の分析」から具体的に始めるべきなのである。そのように技術学的見地や技術論的見地から問題の解決を図ろうとすれば、やはりどうしても制御機構の要素的自立性を否定せざるを得ない。それゆえ次項においてそうした主張を検討することにしよう。

(3) 制御機構の要素的独立性の否定を根拠とした反対論
 制御機構の独立性の否定を論理的根拠として機械と現代オートメーションの間の質的差異を否定する議論として、まず最初に大沼正則氏の議論を検討することにしよう。(63)
 大沼氏は、「コンピュータによる自動制御装置も、もとを正せば、発達した機械の三つの要素(原動機、伝動機、道具機)のうちの伝動機であるカムなどに始まり、装置・機械工業のなかで発展しコンピュータの導入によって高度な段階に達したものであるから、一部でいわれているように、この電子的自動制御装置を機械の三要素に加えてわざわざ「第四の要素(環)」として強調する必要はない(64)と主張している。
 確かに大沼氏が主張しているように、自動制御装置の起源は伝導機構であるカムなどにあると考えられる。大沼氏も言及しているブライトの議論「もっともありふれた、そして最初の制御装置はカムである。それは回転してレバーや機械要素の位置を機械的にあわせる。このようにしてカムは機械に自動的にある固定された作業を行なわせる。つまり「プログラム」制御を行なう。」(65)は、カムによる制御をプログラム制御と呼んでよいかどうかは別として、確かにもっともである。またハードとしてのコンピュータの基本的本質が電子式の計算機であるという意味では、コンピュータそれ自体の起源もバベッジらが構想したような機械式の計算機にあること、すなわち、コンピュータの起源が機械であることも確かなことであろう。
 そしてまた単なる起源の問題だけではなく、現代オートメーションの登場以前から機械を制御するための方式として、カムによるシーケンス制御やパンチカードによるプログラム制御が存在していたし、フィードバック制御も存在していた。さらにまた、対象の空間的位置・方向・姿勢などを制御するためのサーボ機構(サーボメカニズム)も、大型化・高速化した蒸気船の舵を動かすための補助動力機関(蒸気機関)を制御するための方式として一九世紀半ばには登場していた(66)
 このように現代オートメーションにおけるコンピュータ制御装置の登場以前に、そこで用いられている様々な制御方式が機械を制御するためのモノとして登場していたことは確かである。それゆえ大沼氏によれば、制御機構が自働機械において独立した要素ではなかったように、現代オートメーションにおいても独立したものではいと考えることができる。もしそうではないと主張しようとすれば、制御機構の独立が自働機械の段階ですでになされていたというように考えなければならないことになる。しかしそうすることはトランスファー・マシンの技術史的位置づけに関する前述の中村氏や北村氏の議論と矛盾することになるだろう。
 しかしながら、このようにコンピュータ自動制御装置の起源などが機械技術にあるということをもって、コンピュータ自動制御装置の要素的独立性の否定が直接的に帰結されるのであろうか。すなわち、歴史的起源が機械の中にあるということは、それが機械の段階に永遠に留まるものであることを論理的に含意しているのだろうか。起源は機械の中にあったとしても、技術的発展の結果として独立した構成要素になることがあり得るのではないだろうか。
 こうした点からすれば大沼氏的な批判に対して、「まだ現段階では制御機構の要素としての独立ということは十分に明確ではないかもしれない。しかしそれは制御機構が機構としてまだ未発達なためである。」というような反批判が可能であろう。以下でこうした仮想的な反批判の成立可能性を詳しく検討していくことにしよう。
 機械の場合でも最初から「動力機」、「伝導機構」、「作業機」という形で三要素がはっきりした形で分離していたわけではなく、潜在的な形での分離が存在していたに過ぎない。歴史的に最初に登場した機械、例えば横型製粉水車では、「伝導機構」の独立はまだ明確なものではなかったし、「動力機」としての水車と「作業機」としての回転石臼機械装置の分離もそれらの回転軸の共有に見られるようにそれほど明確であったわけではない。実際、多くの人々にとって横型製粉水車は水車と回転石臼からなる一つの機械としてイメージされるのではないだろうか。
 機械が「動力機」、「伝導機構」、「作業機」という三要素からなることは、横型製粉水車のような未発達な機械においては不明確であったが、機械のその後の発展の結果として、19世紀の「発達した機械」において誰の目にも明瞭になった。すなわち19世紀の工場において一台の動力機で多数の作業機を駆動しようとした時に「作業機」と「動力機」の結合のために必要とされた巨大な配力機構の存在において、「伝導機構」が機械の構成要素として独立していることがきわめて明確に示されたのである。
 現段階におけるコンピュータ制御機構コンピュータ・センサー・アクチュエータなどから構成される物質的機構は、縦型動力水車における歯車装置などの伝導機構よりも物質的存在としての「見かけ上の独立性」は明瞭であるように見えるけれども、それでもまだコンピュータ制御機構の制御機構としての独立性がまだ十分には明確ではないかもしれない。しかしながら、機械の三要素の独立性が機械の歴史的発展の結果としてやがて明確になったと同じように、制御機構の独立性は現代オートメーションがまだ未発達なためにそれほど明確ではないとしてもその将来的発達とともにより明確になるであろうと予想される。すなわち、製品の企画・設計・開発・製造・製品管理・流通・販売・受注等の各部門など生産に関わるすべてをネットワークで結びコンピュータで一元的に制御・管理することによって生産活動の最適化をめざす生産システムである「CIM(Computer Integrated Manufacturing system、コンピューター統合生産システム)」の一層の発展など現代オートメーションがもっと本格的な発展を遂げれば制御機構の独立性が完全にはっきりとしたものになるであろうと予想される。
 大沼氏の批判に対する反批判としては以上のような内容のものが仮想的には考えられる。しかしながら将来的予想が実現するかどうかにその正否がかかっているこうした議論が正しいかどうかの経験的判定は最終的には将来の歴史的審判に委ねるしかないが、理論的観点から検討することは可能である。本稿では上記のような仮想的反批判に対する仮想的反論の一つとして、山崎正勝氏の議論を以下で検討することにしよう。
 山崎氏は、ミュール紡績機の自動化の歴史的過程を分析しながらその結果として、ミュール紡績機の機械技術としての発展はミュール紡績機という作業機に対する制御機構の付与に基づく発展であり、ミュール紡績機とそれにおける制御機構を互いに独立な二つの要素とすることはできない、としている。すなわち、山崎氏は産業革命期の機械技術の段階ですでに制御機構が登場しているがそれは付加的要素としてに過ぎなかった、としている。そして機械技術に関するそうした分析結果を一般化して、制御機構は作業機という構成要素だけにとどまらず機械の三要素のそれぞれに「付加」されうるのであり、それによって三要素それぞれの機能の発展がうながされるとともに、三要素の「有機的な給合」が「調整」されるとしている。
 このように山崎氏によれば、制御機構はあくまでも他の三要素に対する付加的=補助的な要素にとどまるものである。氏は「たしかに、今日では制御機構は階層構造化し、たとえば個々の作業機の制御に当たるだけでなく、それらの制御機構を全体として調整するような機能をもつ制御機構」も存在するようになったと制御機構の現代的発展を認めながらも、制御機構は「あくまでも多種の作業機に付随した機構」であって、「独立の要素になっているわけではない」としている。そして制御機構は「作業機の場合であれば、それが自動化する過程で現れたことからも明らかなように、機械に付与されることによって、その自動化を促進する」モノであるから、「制御機構を持つ機械を自動機械として理解することはできても、それを超機械と見做すことはできない」と主張している(67)
 このように山崎氏は制御機構という付加的=補助的要素の発展は、それが付加されている要素の発展を意味するのであって、制御機構という要素の独立を意味するのではないということを強調している。確かにそのことは、氏が例として挙げている産業革命期の機械であるミュール紡績機にとどまらず、現代オートメーションを支える作業機の一つであるNC工作機にも当てはまるように思われる。すなわちNC工作機は、それにコンピュータという新たな制御機構が付加されることによって、CNC工作機という新たな作業機へと発展したと考えられる。
 こうした山崎氏の主張は「制御機構がどんなに発展を遂げたとしても独立要素になることは論理的にあり得ない」という議論として理解することができよう。しかしそのように制御機構の要素的独立性を論理的に否定するというような主張が本当に可能なのであろうか。
 そうした問題の取り扱いのためには、「動力機」・「伝達機構」・「作業機」・「制御機構」といった技術の具体的=現実的構成要素と、「動力」・「伝達」・「作業」・「制御」といった抽象的=理論的構成要素を区別しながら論じることが必要である。そのことに関して簡単にではるが、次節で検討しよう。
 

4.終わりに・・・技術の現実的構成要素と理論的構成要素の区分と連関

 一般に、動力機が「動力の生産をおこなう機械」として、伝達機構が「動力を伝達する機構」として、作業機が「作業をおこなう機械」として、制御機構が「制御をおこなう機構」として規定されている。こうした表現を単純に受け取ると、動力機・伝達機構・作業機・制御機構といった技術の現実的構成要素と、動力・伝達・作業・制御といった理論的構成要素が一対一に対応していると考えられてしまうことになる。しかしながら実際には、動力・伝達・作業・制御といった理論的構成要素がそれぞれ単独の形で実体化しているわけではない。
 そもそも「動力」という理論的規定は技術論的には、単なる「力」や「エネルギー」ではなく、「制御された力」や「制御されたエネルギー」を意味している。「動力」の理論的規定そのものが「動力」と「制御」の対において理解されているのである。
 このことは、技術論において動力・制御論という立場から議論を展開している石谷清幹氏(68)が「動力即制御」あるいは「動力と制御の二重性」という形で強調してきたことでもある。氏によれば、「生産における動力は必ず制御されていることが特色である。制御されていない動力は都市をおそう台風や火災のようなもので、どれほどばく大なエネルギーであっても生産の役に立たない。またねじまわしで木ねじをねじこむような小さな動力にしても、大きな力でむやみに回せばよいわけでもなく、力が小さすぎて回らなければもとより役に立たず、必ず制御されている必要がある。」のである。すなわち、「動力と制御とは一般的にいえばそれぞれ独立の概念である」とする石谷氏も、「技術の活動過程では動力は必ず制御されていなければならない」と考えている。
 そして氏はそのことを動力機の問題に限定せず一般化し、「技術の活動する過程では制御なしの動力もなく、動力なしの制御もなく、必ず互いに他の前提となっている」としている。論理的規定としては「動力」と「制御」がそれぞれ独立した規定であるにしても、石谷氏も認めるように現実の「技術の活動過程」においては、「動力」と「制御」は常に一組のものとして存在する。それゆえ木本忠昭氏が主張しているように、「動力機は動力機の内部で、作業機は作業機の内部で、制御と動力がそれぞれ運動の形式と内容を形成して」(69)いると考えるべきなのである。
 モノの生産のプロセスは、それを自然的過程として技術学的視点から単純化し抽象化して理解する場合には、「制御されたエネルギーをどのように生産するのか?、そして必要に応じて、いかにうまくその制御されたエネルギーの運動形態や存在形態を変換させて伝達・配力するのか?伝達・配力されたエネルギーを使ってどのように作業を行わせるか」という形で把握することが可能である。
 「制御されたエネルギー」の生産を機械的におこなうモノが動力機であるが、制御されたエネルギーそのものは配力機構・作業機・制御機構においても使用される。エネルギー使用なしの運動は機械においてはありえない。作業や制御を「制御されたエネルギー」の消費なしに行なうことは機械ではあり得ない。
 それゆえ、現実に存在する個別的実体としての機械の内部構造を技術論的観点から理論的に分析する際に、その機械を一つの理論的構成要素だけで理解することは不可能なのである。19世紀の紡績工場における蒸気機関という動力機、ベルトなどの配力機構、ミュール紡績機などの作業機といった個別的生産プロセスに関わる機械システムを理解する際だけではなく、個別的機械それ自体の技術的発達過程や技術学的内部構造を理解するためにも、動力・伝達・作業・制御という理論的構成要素の相互連関的理解が必要とされるのである。(70)
 例えばワットの蒸気機関という動力機をまず例にとって考えてみよう。回転動力の取り出しに成功したワットの蒸気機関は、ボイラー、シリンダー、ピストン、平行四辺形機構、ビーム、遊星歯車装置、円錐振子式遠心調速器、はずみ車など多数の部品から構成されている。熱機関としての本質的構成部分は、蒸気機関開発期のパパンの装置およびセーヴァリ機関の構成に示されているように、前記の部品の内ではボイラー、シリンダー、ピストンである。その部分で、石炭がもっていた熱エネルギーが力学的運動エネルギーに変換されることで「動力」が生産される。そして次の、平行四辺形機構、ビーム、遊星歯車装置は、そのようにして「生産」された力学的運動エネルギーの存在形態を変換しながら伝える、すなわち、ピストン部の上下運動を回転運動に変えて「伝導」するという役割を果たしている機構である。そして円錐振子式遠心調速器は、蒸気機関にかかる負荷の変動に対応してシリンダーへの蒸気供給量を「フィードバック制御」するための機構である。そしてまた、1780年代後半に作られた50馬力蒸気機関で直径5490mm、重量4940kgにもなった巨大なはずみ車(71)は、シリンダーの中で上下運動するピストンというレシプロ型エンジン部では上死点や下死点の存在のために構造的に避けることのできない時間的出力変動を「制御」するために、大きな慣性モーメントを持たされた機構であった。
 上述のことを単純化していえば、リンダー・ピストン部で作られた「力学的運動エネルギー」が、調速器などの機構によって「制御」され、遊星歯車装置などの機構によって回転運動へと変換されながら「伝導」されるという形で、ワットの蒸気機関が「制御されたエネルギー」すなわち「動力」を生産するという「作業」を行なっているのである。そうした内部構成を取ってはじめて実用的な蒸気動力機関になり得たのである。
 またコンピュータのCPUは、石井威望氏が「エレクトロニクスの対象は情報だから、エネルギーとは無関係で、極限までエネルギーは減少していくことができるものと考えられていた。ところが現実は予想に反して、集積度が上がれば上がるほど熱の問題は決定的になっている。」(72)とのべているように、大量の電流を消費する、すなわち電気エネルギーという動力を消費する。その結果として、CPUにおいて発生する発熱対策が最近のパソコンにおいては大きな問題になってきている。もちろんCPU自身は動力を発生する機械ではないが、それだからといってCPUという装置を技術論的に分析する時に「コントロールされたエネルギー」として規定される「動力」という理論的要素が無関係であるわけではない。さらにまたCPUの内部でそうした動力をどのように「伝達」していくのか、すなわち、CPUを構成する個々のトランジスタをどのように配置しそれらに電気エネルギーをどのような配線でもって伝達していくのかという配線パターンの問題は、トランジスタの集積度やCPU速度などに関わる問題としてCPU設計における重大な問題である。
 そしてまた、自動制御装置が制御動作という作業を実際に行なうために電動モータなどを用いるアクチュエータ(操作部)や、外部から取り込まれた情報などに基づいて制御量を決定=計算するコントローラ(制御部)の存在に示されているように、制御機構それ自体の内部構造や機能を理論的に「制御」ということで一色に塗りつぶすのも不適当である。
 このように個々の労働手段を具体的かつ個別的に分析する際にも、動力・伝達・作業・制御といった理論的要素の相互関連という視点が必要とされるのである。そしてこうした視点から見れば、「制御」なしの動力機や、「制御」なしの作業機というものが存在するとは論理的に考えられない。すなわちたとえ未発達なものであれ何らかの制御機構をその内部に含まないような動力機や作業機というものは考えにくい。ただしそのことは、動力機や作業機の内部の制御機構とは別に、それらから相対的に独立した制御機構が動力機や作業機の外部に存立しうる論理的可能性までも否定するものではない。「制御」なしの動力機や「制御」なしの作業機がないということと、動力機や作業機から相対的に独立した制御機構があり得ないということとは、論理的にはまったく別の事柄なのである。それゆえ現代オートメーションにおける制御機構の自立の問題は、「そもそも制御機構の自立とはどういうことなのか」に関するさらなる理論的検討や、実際の生産場面での検討が必要であるが、そのことは別稿で論じることにしたい。



(1)馬場政孝「技術史ノート(1)----生産の自動化」『中央大学論集』第4号,1983年,p.134
(2)馬場政孝「ME革命と生産の自動化」『コンピュータ革命と現代社会 3』大月書店,1986年,p.72
(3)村上泰亮「二十一世紀産業文明への展望----「技術パラダイム」論による一考察」『新中間大衆の時代』第8章,中央公論社,1984年所収
(4)村上泰亮「21世紀システムの中の時間」『中央公論』1984年11月号
(5)坂本和一「「21世紀システム」と生産システム」『立命館経済学』第44巻第2号,1995年,p.1
(6)坂本和一『21世紀システム』東洋経済新報社,1991年の第1章
(7)バナール『戦争のない世界』邦訳上巻,p.76およびp.96
(8)J.R.ブライト「オートメーションの発達」『20世紀の技術』下巻,東洋経済新報社,1976年,p.410
(9)中村静治『技術の経済学』三一書房,1960年,p.106。強調は引用者によるものである。
(10)山田坂仁「技術の概念規定と関連問題(中)」『経営論集』第12巻第2号,1964年,p.58
(11)奥山修平「生産技術の変貌---大量かつ連続生産へ,オートメーションへ」『科学技術史概論』ムイスリ出版,1985年,p.174
(12)奥山修平,同上論文,p.162
(13)中村静治『生産様式の理論』青木書店,1985年,p.200
(14)北村洋基「オートメーションと情報化(上)」『商学論集(福島大学)』第54集第1号,1985年,P.100
(15) ただし中村氏は、動力・制御論的立場を取っていることもあり、この点に関して完全に首尾一貫しているわけではない。例えば,『技術論入門』(1977年)においては「機構構成については、基本的には動力機構と作業機構の二部分構成で十分である。配力機構は文字どおり両部のつなぎであって,とうてい機械の本質的部分ではありえない。このことは、現代の動力機構の電化,電動機の出現で遺憾なく証明されている。」(中村静治『技術論入門』有斐閣、1977年,p.105)と書いている。また最近も『現代の技術革命』(1990年)において、「しかし、考えてみると、原動機の中心部=動力の生産装置は今世紀初頭には工場から分離された中央発電所におかれるに至り、蒸気機関からの伝導機構はなくなり、工場では作業機と電動機が直結され、今日では工場全体のコンピュータ制御とともに電力体系=発電・送電・配電システム自体がコンピュータ制御となっている。すなわち、いまでは動力システムと作業システムの「二環」に集約されるに至っているのである。してみれば、もはや「四環」という把握、表現は実状に適しているとはいい難いと思うのであるが、どんなものであろうか。大方のご意見を伺いたい。」(中村静治『現代の技術革命』信山社,1990年,p.120)と書いている。
(16)中村静治『生産様式の理論』pp.206-7
(17)中村静治『情報と技術の経済学』有斐閣,1987年,pp.46-47
(18)北村洋基「技術発展の諸段階」『商学論集(福島大学)』46巻3号,1977年12月,pp.56-57
(19)北村洋基「オートメーションと情報化(下)」(『商学論集(福島大学)』55巻1号,1986年7月,p.171)では、「本稿(上)では、情報という視点を導入し、第2章第1節でブレイヴァマンの所論を検討しながら、機械の発展方向である制御の自動化・体系化・柔軟化との関連でオートメーションを定義づけている。そこでは・・・私のこれまでの主張をさらに明確にし、発展させたつもりである。」と述べられている。
(20)北村洋基,同上論文,p.172
(21)青水司『情報化と技術者』青木書店,1990年,p.112
(22)青水司,同上書,pp.108-110
(23)山下幸男「なにが、なにによって、メカトロニックスに転化したか」『中京商学論叢』第32巻第3号,1985年,p.28
(24)小野隆生「ME技術の特質とその歴史的位置づけ ---- 現代の経営管理過程分析のための準備作業として」『三田商学研究』第29巻第3号,1986年,p.99
(25)小野隆生,同上論文,pp.105-107
(26)石沢篤郎『コンピュータ科学と社会科学』青木書店,1987年,pp.27
(27)石沢篤郎,同上書,p.30
(28)石沢篤郎,同上書,p.34
(29)藤田実「現代オートメーションの技術史的地位」『中央大学大学院研究年報(経済学・商学研究科篇)』第17号II,1987年,p.170
(30) 現段階の技術を構成する要素の数を四つとするのが一般的であるが、名和隆央氏は五つであるとしている。名和氏自身は、現代オートメーションやME技術が新しい技術発展段階を画するものではないとしながらも、「現代の発達した機械は作業機構、動力機構、および制御機構からなる。もう少し詳しく言えば、動力機構と作業機構のあいだに動力伝達機構があり、制御機構と作業機構とのあいだに情報伝達機構がある。また動力機構と制御機構のあいだにも動力伝達機構と情報伝達機構があり、相互に動力と制御情報を交換している。」として、現代の機械は<作業機構>、<動力機構>、<動力伝達機構>、<情報伝達機構>、<制御機構>という「5つの構成部分からなる」と主張し(名和隆央「CNC技術と労働過程の変革」『立教経済学研究』第45巻第3号,1992年,p.80)、伝達機構として動力伝達機構(配力機構)という機械段階から存在した伝達機構だけでなく、情報伝達機構も構成要素として数えるべきだと主張している。
 確かに論理的には、動力を作業機や制御機構に伝達する機構としての動力伝達機構と同じように、制御に関わる諸情報を動力機や作業機と制御機構の間で相互にやりとりする機構としての情報伝達機構の存在を想定せざるを得ない。しかし問題はそうした情報伝達機構が自立的な構成要素となっているかどうかである。現時点で現実に存在する技術のあり方を見る限り、動力伝達機構は19世紀の自働機械体系における巨大な配力機構などといった典型的事例に見られるように技術的構成要素としての独立性を確保していると考えられるが、一方、情報伝達機構は、ATM装置やハブ装置やLANボードなどインターネットやイントラネットを支える技術的基礎の一部としての情報伝達システム装置などの例があるにしても、その独立性のレベルは現実的レベルにおいては作業機構、動力機構、動力伝達機構、制御機構といった他の構成要素と比べてまだかなり低く非自立的要素として制御機構の中に含み込まれていると現時点では考えてよいのではないだろうか。
(31)中村静治氏は「労働者にかわって道具の運動を制御する機構」(『生産様式の理論』p.202)という表現を行なっていることに見られるように、「操作」と「制御」をほぼ同義のものとして用いている。このことは以下でも紹介するように、山崎正勝氏や木本忠昭氏など多くの人によって指摘されていることでもある。
(32)中村静治『戦後日本の技術革新』大月書店,1979年,p.17
(33)中村静治『生産様式の理論』p.202
(34)中村静治『技術論入門』有斐閣,1977年,p.120
(35)中村静治『生産様式の理論』p.203
(36)中村静治『現代の技術革命』信山社,1990年,pp.118-119
(37)山下幸男「メカトロニックスを操作する労働」『中京商学論叢』第36巻第2号,1989年,p.45
(38)山下幸男,同上論文,p.47
(39)中村静治『戦後日本の技術革新』p.17
(40)山下幸男「なにが、なにによって、メカトロニックスに転化したか」『中京商学論叢』第32巻第3号,1985年,p.13
(41)しかし言うまでもないことだが、こうしたプログラムの可変性=柔軟性自体は、生産機械というハードの可変性=柔軟性に支えられてのみ成立するものである。ハードに関する技術的発展がプログラムの可変性=柔軟性を実現したのであって、決してその逆ではない。
(42)伊藤秀男「オートメーションの発展と経済学(上)」『経済科学』第35巻第1号,1987年,p.51
(43)名和隆央「オートメーションの段階規定」『立教経済学研究』第37巻第4号,1984年,p.110
(44)名和隆央,同上論文,p.124
(45)大沼正則「道具・機械・オートメーションをめぐる技術論上の問題」『情報・通信技術』報告集(III),1989年,p.46
(46)マタレ(中野研二訳)『技術構成と経済』慶應書房,1942年9月,p.293
(47)岡邦雄『新しい技術論』春秋社,1955年,p.28,こぶし書房版,p.42
(48)高木彰「道具の機械への発展について」『岡山大学経済学会雑誌』21-2(1989),p.34
(49)高木彰『現代オートメーションと経済学』青木書店,1995年,p.30
(50)高木彰,同上書,p.34
(51)この問題に関しては、拙稿「技術の歴史的発達過程と法則性」『東京農工大学一般教育部紀要』第25巻,1989年を参照されたい。
(52)中村静治『技術論入門』p.104
(53)名和氏と同様の議論をしている他の論者には門脇重道氏がいる。門脇氏も、「機械の段階に機構制御の段階と、数値制御あるいは情報制御の機械の段階が存在し、現在は情報制御の段階である」(門脇重道『技術発達史とエネルギ・環境汚染の歴史』山海堂,1990年,p.25)というように、制御方式の違いは技術の発展段階の違いを構成しないとしている。
(54)名和隆央「オートメーションの段階規定」『立教経済学研究』第37巻第4号,1984年,p.124
(55)名和隆央,同上論文,pp.124-125
(56)名和隆央「CNC技術と労働過程の変革」p.87-88
(57)伊藤秀男「オートメーションの発展と経済学(下)」『経済科学』第35巻第号,1988年,pp.282-283
(58)伊藤秀男,同上論文,p.297
(59)伊藤秀男,同上論文,p.297
(60)名和隆央「オートメーションの段階規定」p.125
(61)伊藤秀男,「オートメーションの発展と経済学(下)」,p.297
(62)山崎正勝「現代オートメーション論と制御技術論への視点;紡績機械発展史の分析を通じて」『東京工大 科学史集刊』10,1991年,pp.50
(63)中村静治氏が『現代の技術革命』pp.119-122で感慨を込めて述べているように、大沼氏は『科学史を考える』(大月書店、1986年)の段階では、「道具から機械(道具機)への転換に相当するような変革がオートメーションの自動制御(フィードバック)機能においておこなわれている」(同書、p.166)としていた。その後、大沼氏は以下に述べるように現代オートメーションの技術史的位置づけに関して立場を変えた。原則として、本稿のこの部分では立場を変えた以後の大沼氏の議論を取り扱う。
(64)大沼正則『技術と労働』岩波書店,1995年,p.240
(65) J.R.ブライト「オートメーションの発達」『20世紀の技術』下巻,東洋経済新報社,1976年,p.420
(66)志村悦二郎『自動制御とは何か』コロナ社,1990年,pp.88-91
(67)山崎正勝「現代オートメーション論と制御技術論への視点」,p.49
(68)石谷清幹『工学概論』コロナ社,1972年,1982年第5版,p.191
(69)木本忠昭「自動制御論序説」『東京工大 科学史集刊』10,1991年,p.39
(70)以下、本文中では文脈の関係上、機械だけを例に取って説明しているが、こうしたことは機械に限らず道具の技術学的分析にも部分的には当てはまる。道具技術の段階でも、労働過程において人間だけが制御の機能を担っていたわけではない。道具の中にも部分的には制御機能を担っているものがある。例えばマイキリにおいても、ワットの蒸気機関のはずみ車と同じように完成モーメントを意図的に増大させて回転運動を「制御」してなめらかにするような工夫がなされているものがある。またカンナは複合道具として、刃の角度が常に一定になるように「制御」されている。
 このように、道具や機械といった労働手段がモノの生産プロセスにおいて果たしている役割を技術学的に記述する際には、動力機・伝達機構・作業機・制御機構というような現実的構成要素の視点だけでなく、動力・伝達・作業・制御といった理論的構成要素の視点が必要とされるのである。
(71)ダニレフスキー『近代技術史』岩崎学術出版社,1954年,p.93
(72)石井威望『エレクトロニクス』日本経済新聞社,1986年,pp.34-35