大佛次郎賞 受賞
中島秀人『ロバート・フック ニュートンに消された男』
朝日選書565 1456円 259665-1


第二十四回大佛次郎賞(朝日新聞社主催)は、八人の委員による選考の結果、国文学者・中西進氏(68)の『源氏物語と白楽天』(岩波書店)と、科学技術史研究者・中島秀人氏(41)の『ロバート・フック ニュートンに消された男』(朝日新聞社)の二点に決まった。第一回以来の受賞作はこれで四十七点になった。

 『源氏物語と白楽天』は、『源氏物語』に数多く引用されている中国の詩人白楽天の詩文の詳細な分析を通して、『源氏』が単なる恋愛の物語ではなく、人間の生を考える深い思想と宇宙観に裏打ちされていることを明らかにした。『ロバート・フック』は、十七世紀英国の科学者ロバート・フックの評伝で、ニュートンとの論争において「悪役」とされたフックの、知られざる実像に迫り、その業績を掘り起こした。

 最終選考会にはほかに、新妻昭夫氏の『種の起原をもとめて』(朝日新聞社)、妹尾河童氏の『少年H』(講談社)、イ・ヨンスク氏の『「国語」という思想』(岩波書店)が残り、受賞作決定まで活発な議論がかわされた。

 贈呈式は来年一月三十日、東京・日比谷の帝国ホテルで行われる。(中略)


 ◇ロバート・フック ニュートンに消された男 中島秀人氏 四十一歳、最年少での受賞である。

「しらけ世代といわれてきたぼくたちに、そろそろ出番が回ってきたと思うとうれしい」「パズルのように史実が合わさって、筆を動かしてくれました」

 東京工業大学社会理工学研究科助教授。科学史の専門家として、受賞作の『ロバート・フック ニュートンに消された男』は、博士論文からの果実。十七世紀の英国の科学者フックの本格的な評伝だ。少し後からやってきたニュートンの陰に隠されてしまった業績に光を当てながら、わくわくするような科学の興奮を伝えたいと思った。

 バネの伸びは加えられた力に比例するという「フックの法則」や植物細胞の発見者として、フックの名前は残っている。だがその生涯はほとんど明かされていない。一方で盛んなニュートンの研究では、フックは決まって敵役、悪役として登場させられている。
 なぜか。なにやら判官びいきの血が騒いで、九二年から一年のロンドン留学をフックへの旅に費やした。「使命感というよりは、やじ馬根性なんです」
 大収穫となったのがフックの父親の遺書の発見だ。フックの故郷ワイト島に二度目に足を運んだとき、公文書館で所在を知った。遺書の内容をイギリスの学術雑誌に投稿すると、「会う人ごとに『どうやって見つけた』と詰め寄られて。愉快でした」。本国でも、ようやくフックが正当な評価に向かいつつあるところなのだという。
 牧師の息子として生まれたフックが、ロンドンの自由な空気をたっぷり吸いながら、王立協会で上り詰めていくさまは、ジェフリー・アーチャーの描く成功物語のようであり、論争相手となるニュートンとの対決は、モーツァルトとサリエリの物語とも重なる。
 真空ポンプの製作、顕微鏡による観察を集めた『ミクログラフィア』の出版、長大望遠鏡による天体観測、さらには馬車の改良……。実験の名手としての多面的な活動を、中島さんは十七世紀のレオナルド・ダビンチと例える。探偵小説風のなぞ解きを楽しみながら、読者は科学の転換期を迎える英国を読み解いていくことになる。

 東京生まれ。アマチュア無線や真空管ラジオに夢中だった中学生は、同時に公害が大きな社会問題となるさまを見ていた。科学と社会の結びつきへの興味が、いまの道を決めた。 が、実際の科学史研究は、細分化のあまり、科学のあるべき方向を探る本来の目的を見失っているように感じた。科学全体も、ニュートン以来実験を軽んじる理論至上主義が支配している。産業を現場で支えてきた工学が、物理学に比べ評価されないのも不思議だ。 目下の関心は、科学と技術と社会の相互関係を軸にして、科学教育や生命倫理などの問題を検討する「STS」の活動である。その日本で初めての国際会議を来春に開く準備に忙しい。 科学の読みものを、これからも積極的に書いていきたい。「科学への入り口を作ることが、科学史の大切な役割なのですから」(長沢美津子) (朝日新聞12月22日付朝刊から)