経営技術論2015.05.21

[前回の授業概要]経営技術論2015.05.14
[次回の授業概要]経営技術論2015.05.28
 
[今回の授業概要]
1.前回授業内容の発展的確認
(1) シュンペーターのイノベーション論に関する「新結合」論的理解
イノベーションに関する二つの類型 — 「新発明なき新結合」によるイノベーション vs 「新発明」によるイノベーション
新結合論的視点からのイノベーション理解は、技術と製品の区別という議論、技術統合の遂行者としての企業家という議論との関連で理解すべき問題である。具体的には下記のような例を考察すべきであろう。

  1. 蒸気機関と動力水車のハイブリッド機関
  2. メカトロニクス(機械技術+電子技術)的技術革新
  3. ソフトメカトロニクス(ソフト技術+機械技術+電子技術)的技術革新
  4. ソフトロニクス(ソフト技術+電子技術)的技術革新
  5. ハイブリッド自動車
  6. 蒸気機関と動力水車における遠心振り子式調速機の「新結合」としての、ワットの蒸気機関
  7. 初期ガソリン自動車とセルモーター(エンジン・スターター、電動モーター+充電池)の「新結合」としての、現行ガソリン自動車
  8. ユニクロやZARAなどのSPA(speciality store retailer of private label apparel, 製造小売業)

[SPA関連の参考文献]
衣服の製造プロセスと販売プロセスを異なる企業間で水平的に分離するという従前の水平分業的在り方に対する「革新」として、ユニクロやZARAは製造プロセスと販売プロセスの一企業における結合(垂直的統合)をおこなった。
すなわち、衣服を製造するメーカーとしての縫製会社(アパレルメーカー)と、衣服を消費者に販売する百貨店などの小売業者との間での分業的関係を廃止して、製造プロセスと小売プロセスを一社で統合的に行う形態へとビジネス・プロセスに関する変革をおこなった。
製造 販売
縫製会社 百貨店、衣料店
SPA(ユニクロ、ZARAなど)
  1. 新田都志子(2008)「SPA のビジネスシステム革新Ⅱ――ユニクロとZARA を事例として――」『経営論集(文教大学)』18(1) pp.67-81
  2. 張 LEI (2012)「SPAにおける俊敏かつ適応的な垂直統合型SCM――ザラの事例を通して」『経営学研究論集(明治大学)』36
 
 
 
(2) 「インターネットによるモノの<新結合>による産業革命」としてのIoT(Internet of Things)
蒸気機関、電力、オートメーションに続く「第4の産業革命」
 
関連新聞記事1.「IoTで「製造業革命」日本に焦り、企業間連携で出遅れ、ドイツ、国挙げ規格作り(ビジネスTODAY)」『日本経済新聞』2015年4月17日朝刊
関連新聞記事2.「ドイツ発製造業×ICT=「インダストリー4.0」、来るか第4の産業革命、ビジネスモデル構築続く、通信で先行の日本も商機」『日経産業新聞』2015年5月12日
 
 
2.携帯音楽機器の製品イノベーションに関するseeds-oriented的視点からの理解
(1) seeds-oriented型製品開発の産物(product-out型製品イノベーション)としての、ソニーのカセット・ウォークマン
ソニーのカセット・ウォークマンは、1979年7月の販売開始から2010年3月までの約20年間あまりで約2億2千万台を世界で販売されている大ヒット製品である。
 
ポイント1 旧世代製品の主要機能の削減と新機能実現による製品イノベーション
「録音も再生もできるマシン」から「再生しかできないできないマシン」へという製品変化としてより劣った製品になった。しかし「電池駆動できないマシン」から「電池駆動できるマシン」へという製品変化としてはより優れた製品になった。すなわちそうした製品変化により、「外で歩きながら音楽を楽しめる」という携帯音楽機器製品市場セグメントという新しい「市場の創造」(market creation)がなされた。
 
ポイント2 発売前には否定的見解がほとんどであった
「発売前からこの「ウォークマン」には、否定的、悲観的な意見が大半を占めていた。「再生専用機なんて聞いたことがない。録音機能が付いていないと絶対に売れませんよ」。そう口々に言われて、[当時のソニー会長の]盛田は思わず「自分のクビをかけてもやる決意だ」とまで言ってしまった。」
「販売部門の担当者が、特約店に「今度、こんなものを出します」と説明しに行くと、「何で録音機能がないの? どうやって使うの?」と納得のいかぬ顔ばかりだった。」
「マスコミ紙面の反応は冷ややかだった。新聞はほとんど無視、載せても本当に申し訳程度の記事である。7月1日に予定どおり発売したものの、7月が終わってみると、売れたのはたったの3000台程度だった。「やはり、駄目なのか……」」
ソニー『Sony History』第6章「理屈をこねる前にやってみよう <ウォークマン>」
 
ポイント3 先行製品としてのプレスマン(1978)の存在
新聞記者用にモノラルではあるが電池駆動で録音・再生が可能な携帯マシンとしてのプレスマンがウォークマン開発前年の1978年には販売されていた。プレスマンは、ウォークマン開発時点ですでに50万台の生産実績を有していた製品である。当時、ソニーの名誉会長であった井深大は、海外出張時に飛行機の中で音楽を聞くために肩掛け式テープレコーダーのデンスケTC-D5を利用していたが、ステレオ再生が可能でよりより軽量な携帯マシンを欲していた。そこでプレスマンから録音機能用の電子回路を取り除き、代わりにステレオ再生機能用の電子回路を組み込んだ改造型プレスマンを1978年10月までに試作させていた。
最初のカセット・ウォークマン「TPS-L2」を製造するための金型は、プレスマンの金型を流用したものであった。
録音機能用電子回路を取り去る代わりに、ステレオ再生用の電子回路を組み込んだ改造プレスマン

録音機能用電子回路を取り去る代わりに、ステレオ再生用の電子回路を組み込んだ改造プレスマン

[図の出典および参照資料]ソニー『Sony History』第5章「コンパクトカセットの世界普及」 第3話「歩きながらステレオが聴ける」
 
 
旧世代
製品
カセット・
テープレコーダー
録音も再生もできる「汎用」的マシン、
しかし電池駆動はできない
新世代
製品
カセット・
ウォークマン
録音できず再生しかできない「専用」的マシン、
しかし電池駆動はできる
 
[考察してみよう]
  1. 上記の旧世代製品から新世代製品への製品イノベーションの表は、実際の歴史をかなり単純化したものである。中間的形態の製品が省略されている。中間的形態の製品を取り上げて、製品イノベーションの実際の展開過程を経営技術論的視点から考察してみよう。
  2. 上記の製品イノベーションは、differentiation focus戦略に沿ったものとして理解することができる。それはどのような意味においてであるのかを考えてみよう。
  3. 録音機能を持たないカセットウォークマンを利用するためには、録音機能を持ったカセットレコーダーで音楽を録音するか、録音済みの音楽カセットテープを購入する必要がある。このことはソニーという企業にとってどのようなことを意味しているのかを考えてみよう。
  4. 既に開発済みのseeds-oriented的製品イノベーションであることは、カセットウォークマンという製品の開発期間、および、同製品の模倣困難性に関してどのようなことを意味するのかを考えてみよう。なおその際に、ソニーの関係者がそのことに関してどのように語っているのかも調べてみよう。
  5. 旧世代製品が有していた主要機能の一部削減、および、旧世代製品にない新機能の実現による製品イノベーションの具体例として、他にどのような事例があるのかを考えてみよう。
 
 
ウォークマン関連新聞記事
  1. 「ウォークマン発売 54年7月1日」(街の風景が違って見えた日 昭和史探訪)『朝日新聞』2009年12月5日朝刊
  2. 「さらば、カセットウォークマン 国内向け、今春生産終了」『朝日新聞』2010年10月23日朝刊
  3. 「(惜別)元ソニー社長・大賀典雄さん ウォークマンを世に、生き方に華」『朝日新聞』2011年7月9日夕刊
 
ウォークマン関連文献
  1. 鵜飼明夫(2003)『ソニー流商品規格』H&I
  2. 黒木靖夫(1987)『ウォークマン流企画術』筑摩書房, 295頁
  3. 黒木靖夫(1990)『ウォークマンかく戦えり』筑摩書房(ちくま文庫), 323頁
  4. 黒木靖夫(2004)『日経ビズテック』2004年10月15日号, pp.168-175
  5. ゲイ, ポール ドゥほか(暮沢剛己訳, 2000)『実践カルチュラル・スタディーズ ― ソニー・ウォークマンの戦略』大修館書店, 251頁(Gay,Paul du and Stuart Hall,Linda Janes, Hugh Mackay, Keith Negus,Doing Cultural Studies : The Story of Sony Walkman, Sage Pub., 1997 の邦訳)

 
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