情報公共論2015.05.26

[前回の授業内容]情報公共論2015.05.19
[次回の授業内容]情報公共論2015.06.02
 
[今回の授業内容]
1.NHKの受信料契約の義務性
日経の下記記事にあるように、東京高裁の難波孝一裁判長はNHKの受信契約に関して「受信者が受信契約に応じる意思を示さなくても、NHK側が契約締結を申し入れて2週間たてば契約が成立する」という判決を2013年10月30日に出した。

 

しかしその一方で同判決とまったく対立する判決が同じ東京高裁で別の裁判長によって出された。すなわち、下記の記事にあるように、NHKが受信者に受信料の支払いを求めた訴訟に対する東京高裁の2013年12月18日の控訴審判決において下田文男裁判長は、「NHKの契約申し込みと、受信者の承諾の意思が一致しなければ受信契約は成立しない」という判断を示したのである。

 

J-CASTの同記事に書かれているように、裁判官によってこのように判断が分かれるということは、NHKの受信契約の現在のあり方に関して再検討が必要なことを示している。
NHKの受信契約の現在のあり方に関しては、J-CASTの同記事に紹介されているように、下記のような意見がある。

  1. 「受信料を支払わない受信者に対しては放送にスクランブルをかけるなどの手段で見れないようにすれば良いのではないか?」
  2. 「NHKの放送を見ながらも受信料を払う人と拒否する人がいるのは不公平なのは事実。他方、さまざまなメディアが存在し受け手側の選択肢も拡大している。それだけに、「NHKを見たくない人でもテレビを設置しているだけで課金されるというシステムそのものを議論し、新たな徴収、課金方法を検討すべき」(放送関係者)時期にさしかかっているといえそうだ。」
 

こうした意見に対してどう答えるべきであろうか?

 
2.NHKの公共性をめぐる諸議論
(1) NHKの政治的中立性と受信料を関連づける議論

今回の授業では取り上げなかったが、NHKの受信料の正当化論として一般的になされている議論の一つは、下記の1に挙げた「NHKの政治的中立性を保つためには視聴料ではなく、受信料という形態が必要である」という議論である。
 
資料1-1>NHK受信料をめぐる2010年6月29日東京高裁の判決
[出典]http://web.archive.org/web/20130119005420/http://www.tsukuru.co.jp/nhk_hanketsu.pdf
「放送事業が・・・国営企業又は公営企業のみで経営されると,国から独立して番組等を作成する放送番組の編集の自由,ひいては表現の自由との関係で問題を生じるおそれがある」
 
資料1-2>朝日新聞「用語解説:公共放送」『朝日新聞』2014年1月29日朝刊
[出典]http://www.asahi.com/topics/word/受信料.html
朝日新聞の本用語解説では「政府からの独立性や政治的な中立性を確保するため、受信料や寄付などで運営される」ものとして公共放送を定義している。
 
NHKの籾井勝人会長は2014年1月25日の就任記者会見において「私の任務はボルトやナットを締め直すこと。放送法を順守しながらいろいろな課題に取り組んでいく」とした上で、「国際放送では日本の立場を政府見解そのままに伝えるつもりか」という質問に対して「政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない。」とか、憲法上の疑義が問題となる総理大臣の靖国神社の参拝と合祀について「総理が信念で行かれたということで、それはそれでよろしい。いいの悪いのという立場にない。行かれたという事実だけ。」というようにまったく批判すべきことではないとし、NHKの報道姿勢としては「ただ、淡々と総理は靖国に参拝しましたでピリオドだろう。」として批判的見解の紹介などはすべきではないと発言している。
 こうした発言に対しては、NHK放送の国、政府からの独立・中立という点で問題があるとする見解が下記のようにある。
 
 
資料1-5>「「受信料で運営、政治的中立性保つため」 あす、「NHKと民主主義」シンポ/徳島県」『朝日新聞』2014年5月17日徳島地方版
NHK会長の籾井勝人、NHK経営委員の百田尚樹氏や長谷川三千子氏らの言動などによって、NHKの政治的中立性への社会的信頼が大きく揺らいでいる。このことに関して、本記事は、徳島大学の饗場和彦教授の下記のような発言を紹介している。

「放送法が視聴者に支払いを義務づけた受信料でNHKが運営されているのは、政府からの独立性や政治的中立性を確保するためだ。公共放送の機能を果たさず、政府の広報機関に成り下がるのであれば、受信料を払う合理性はない」
 
本Webページで紹介されている緊急署名では、「NHK籾井会長は、就任記者会見で、「従軍慰安婦は戦争地域にはどこにでもあった」、国際放送について「政府が右ということを左とは言えない」、特定秘密保護法は「とりあえず受けて様子をみるしかない」などと発言し、政権寄りの姿勢だとして、視聴者の厳しい批判を浴びました。/とくに日本軍「慰安婦」に関する発言は、歴史的事実に反するばかりか、過去の戦争への反省を欠き、国際問題に発展しかねないものです。このような考えを持つ人物は、政府から自立し、不偏不党の精神を守るべき公共的な放送機関のトップにはまったくふさわしくありません。」としてNHKの中立性を強調している。
 

資料1-7>NHK全国退職者有志(2014)「NHK籾井会長に辞任を勧告するか、または罷免されるよう求めます」2014年7月

本Webページは、「籾井氏が会長にとどまることは、政府・政治権力から独立した放送機関であるべきNHKにとって、重大な脅威となっています。」などと主張している。またこうした呼びかけをしているのは、「NHKが政府から独立した自立的な放送機関として、日本の民主主義の発達に資する存在であることをあらためて求め、現在の危機を回避することを要求するのが趣旨です。」としている。
 
 
 
本WEBページでは、BBC放送を例として、放送の国・政府からの独立問題と受信料収入の関係について論じている
 
[上記の問題に関してさらに進んで考えて見よう]
上記の1の議論に関連して下記のような問題を考察して見よう。
問a.裁判官の「政治」的中立性の担保の議論においては裁判業務を支える資金の出所が直接的には問題とはされないにも関わらず、なぜNHKの放送業務の場合にはそうしたことが問題となるのか?

問b.行政官僚の「政治」的中立性の担保の議論においては行政業務を支える資金の出所が直接的には問題とはされないにも関わらず、なぜNHKの放送業務の場合にはそうしたことが問題となるのか?

問c.放送法の第4条では、放送事業者に対して「一  公安及び善良な風俗を害しないこと。、二  政治的に公平であること。、三  報道は事実をまげないですること。、四  意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。」という4つの法的義務を課している。したがって政治的中立性はNHKだけでなく、民間放送事業者にも等しく課せられた法的義務である。
したがって「政治的中立性の確保」という目的の実現のためであれば、NHKだけではなく、民間放送局にも受信料を配分すべきではないのか?言い換えれば、政治的中立性の確保ということだけから、受信料をNHKだけに独占的に配分することは正当化できないのではないか?

(2) NHKの放送事業のユニバーサル性を根拠とする議論

NHKの受信料の正当化論として一般的になされている第二の議論としては、「ユニバーサルサービス(universal service)の提供のためには受信料によって支えられた公共放送が必要である」というものがある。すなわち、「東京や大阪などの大都市だけでなく、人口過疎地でもあまねく放送サービスを提供するためには、CM料金収入に依存しない公共放送局が必要である」というものである。こうした議論は、下記の資料4や資料5に見ることができる。
 資料2-1や資料2-2のような議論に対しては、インターネットの社会的普及という視点からの批判がある。すなわち資料2-1のような議論は、「テレビ放送に関するユニバーサルサービスの提供が困難であった地上波アナログ放送時代では妥当するが、衛星放送やインターネット「放送」などの新しい技術的手段が登場した現代ではあまり適切ではない」という批判がある。
「ユニバーサルサービス」論によるNHK擁護論に対する批判としては、授業や小テストで論じたように、「放送」番組を提供する技術的手段としては、電波塔(放送塔)によるテレビ電波送信という従来的手段だけでなく、衛星電波やインターネット通信といった新しい技術的手段が利用可能である、というものがある。
放送衛星(Broadcasting Satelite)を利用するBS放送や通信衛星(Communication Satelite)を利用するCS放送は、一つの衛星で日本全国に番組放送が可能であるから、全国に同一の番組を届けるという点ではテレビ電波を利用する地上波デジタル放送よりも、かなり効率的な技術的手段である。
またインターネットは、電子メール、ホームページ閲覧(WEBページ閲覧)とともに、ニコニコ動画やYoutubeなど動画配信も可能な「汎用」的な通信手段として、もっと効率的な技術的手段である。インターネット「放送」であれば、ブラジルなど日本から遠く離れた海外でも自由に日本の放送番組を視聴することができるから、視聴者にとっては優れた技術的手段である。

 
資料2-1>NHK受信料をめぐる2010年6月29日東京高裁の判決
[出典]http://web.archive.org/web/20130119005420/http://www.tsukuru.co.jp/nhk_hanketsu.pdf
「民営企業でのみ経営されると,放送事業が都市部に集中傾斜して,営利性の乏しいそれ以外の地域は顧みられなくなるおそれがある」
 
資料2-2>放送法 第15条
[出典]http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO132.html
「協会は、公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように豊かで、かつ、良い放送番組による国内基幹放送(国内放送である基幹放送をいう。以下同じ。)を行うとともに、放送及びその受信の進歩発達に必要な業務を行い、あわせて国際放送及び協会国際衛星放送を行うことを目的とする。」
 
資料2-3>放送法 第15条
 

電話サービスに関するユニバーサルサービス

 
(3) 良質かつ良心的な番組の提供を可能にするための財源としての受信料
放送法の第15条における「豊かで、かつ、良い放送番組」という文言
視聴率競争から独立した番組づくり
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